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増補 エロマンガ・スタディーズ

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年:
2014
出版社:
筑摩書房
言語:
japanese
ページ:
469
ISBN 13:
9784480431691
ファイル:
PDF, 22.56 MB
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1

Life of a Teenager in Wartime London

年:
2018
言語:
english
ファイル:
PDF, 37.09 MB
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2

Get It Together: Ditch the Chaos, Do the Work, and Design Your Success

年:
2018
言語:
english
ファイル:
EPUB, 1.81 MB
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増補 エロマンガ・スタディーズ
「快楽装置」としての漫画入門

永山薫

筑摩eブックス

〈お断り〉
本作品を電子化するにあたり一部の漢字および記号類が簡略化されて表現されている場合が
あります。
〈ご注意〉
本作品の利用、閲覧は購入者個人、あるいは家庭内その他これに準ずる範囲内に限って認め
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どへの掲載を含む)を行うこと、ならびに改竄、改変を加えることは著作権法その他の関連
法規、および国際条約で禁止されています。
これらに違反すると犯罪行為として処罰の対象になります。

まえがき──不可視の王国

エロ漫画(1)というジャンルには意外と知られていない事実があ
る。
三流劇画最盛期には月に八十誌以上の雑誌が量産されていたこと。
美少女系エロ漫画の最盛期には月に百点以上の単行本が発売されて
いたこと。
九〇年代中期以降、女性作家が増加し、雑誌によっては描き手の過
半数が女性作家というケースもあること。
無数のサブジャンルを内包していること(2)。
無数の画風が覇を競っていること(3)。
多くの人気漫画家にエロ漫画の制作経験があること(4)。
前衛的、実験的な漫画の発表の場であったこと。
「萌え」の震源地の一つであること。
マチズモとヘテロセクシズムの崩壊過程が如実に反映されているこ
と。
考えつく限りのセクシュアリティとエロティシズムが表現されてい
ること(5)。
同人誌、やおい/BL、一般誌それぞれに太いパイプがつながって
いること。
要はエロ漫画と接したことがない読者が予想している以上に、間口
も奥行きもある面白いジャンルだということである。
全く関心のない読者にまで押しつけようとは思わないが、少なくと

も漫画好きを自認する読者、本書を手に取るような好奇心に溢れた
人々、もちろん多彩なエロティシズムの森に分け入ろうという探求心
に満ちた諸氏ならば、エロ漫画を知らないと損だぞ!

と断言しよ

う。
そんなに面白いジャンルがなぜ今まで見過ごされてきたのだろう
か?

もちろん、それには幾つかの理由がある。

まず、日本の総出版部数の半数以上を支えるという巨大な漫画産業
の中では、ごくささやかな規模のジャンルにすぎないということだ。
中小零細の版元が多く、発行点数が多いとはいえ、単行本一冊ごとの
発行部数は一万部平均だ。人気作家でも五万部程度である(6)。と
うてい全国津々浦々の書店に配本することはできない。書店での棚面
積も狭く、返本までのサイクルも短い。確実に手に入れようと思った
らネットで新刊情報をキャッチしてウェブ通販か大都市の漫画専門店
を利用するしかない。
その上、制度的にその存在自体を見えにくくされてきた経緯があ
る。九〇年代初頭の大バッシング以降、自主規制としての「成年コ
ミック」マークが導入され、当初の自主的な区分陳列が後には強制力
を持った条例によって強化された。近年、書店の棚はさらに縮小し、
大手のコンビニチェーンでマーク付きのエロ漫画単行本を見かけるこ
とはまずないはずだ。
ジャンルの狭小さと規制という二重の制約も大きいのだが、それ以
上に大きいのは私が「エロの壁」と名付けた見えない境界線である。
漫画研究者や評論家のほとんどがエロ漫画を顧みなかったのも、二重
の制約以上に彼ら(彼女ら)の中にある「エロの壁」が目隠ししてい

たのではないか?
「エロの壁」とは、「エロティシズムを含む表現は、/三流の表現で
ある/汚い/語るべきものではない/語るに値しない/触れたくない
/評価したくない/許せない/ヒドイ/子供に見せられない/恥ずか
しい/人間性を冒瀆している」などのネガティブな反応を核とするバ
リアである。性にかかわること、エロチックなことを隠蔽し、抑圧
し、特権化する装置である。人はこの壁の前で判断停止に陥り、目を
背ける(素振りをする)。冷静に考えれば合理性のない禁忌としかいい
ようがない反応である。エロ漫画の側に立つ者としては、偏見と差別
に異議申し立てを行うべきであろう。まずは「エロ漫画」が蔑称とし
て使われることを指摘することから始めてもいい。
だが、そんなことで「エロの壁」は崩れはしない。何故なら、エロ
漫画を楽しむ読者、エロ漫画産業に携わる漫画家、編集者、評論家の
心の中にも「エロの壁」があるからだ。かくいう私自身も偏見から完
全に逃れているわけではない。しかも逆説めくが禁忌であることが存
在理由の一つだと言えなくもないのである。
何故「エロの壁」があるのか?

私たちが「性とエロス」の前で、

何故平静ではいられないのかと考察してみるのは無駄ではない。しか
し、その試みから簡単に解答が得られるわけでないし、解答を得られ
たからといって、ただちに「エロの壁」を打; ち壊せるわけでもない。
そんなことは誰にもできないのだ。しかし、壁の高さを測り、足がか
りを見つけることはできる。エロ漫画に抵抗のある人も、偏見を持っ
ている人もとりあえずは壁の向こうに拡がるエロ漫画の小王国を眺め
て欲しい。

本書は、不可視の王国を眺め、越境し、探索するための手引き書で
ある。

(1)

「エロ漫画」とは「エロチックな要素を含む漫画」である。ただ、

すべての漫画作品には何らかの形でエロチックな要素が含まれているし、何
をエロチックと受け取るかは読者それぞれに異なる帯域幅がある。狭く定義
しておくとすれば「性的な、またはエロチックなテーマで描かれた作品」と
「性的な、またはエロチックなモチーフが重要な位置を占める作品」のこと
だ。
(2)

ラブストーリー、ラブコメ、SF、ファンタジー、ミステリー、ホ

ラー、アクション、コメディ、パロディ、時代劇、戦争物と、一般誌にあっ
てエロ漫画にないジャンルを探した方が早い。
(3)

児童漫画系、少年漫画系、少女漫画系、青年漫画系、劇画系、アニ

メ系、ゲーム系とあらゆるスタイルとタッチが投入されている。
(4)

能條純一、中島史雄、山本直樹、みやすのんき、雨宮淳、唯登詩

樹、平野耕太、甘詰留太、介錯、もりしげ、大暮維人、OKAMA、文月
晃、天王寺きつね、藤原カムイ、岡崎京子、白倉由美、うたたねひろゆき、
佐野タカシ、山田秋太郎、天津冴、ぢたま 、花見沢Q太郎、朔ユキ蔵……
数え挙げればきりがない。ペンネームを使い分けている作家になるとさらに
増える。
(5)

男と女のカップリングだけでも無数のバリエーションが存在する。

対等な恋愛関係、一方的な凌辱、男性優位、女性優位。恋人同士、夫婦、生
徒と教え子、主人と召使い、大人と幼児、幼児同士、高齢者と若年者等々、
思い付く限りの組み合わせが試みられている。これが「男女ペア・ノーマ
ル」部門以外となると、一対複数の集団凌辱や乱交があり、近親相姦(兄
妹、姉弟、母子、父子)、ロリコン、同性愛、少年愛、サドマゾヒズム、ス

カトロジー、異性装、コスプレ、無数のフェティシズム、萌え……という風
に、まるで通俗セクソロジー事典の項目を並べたような百花繚乱の多形性倒
錯的な景色が拡がる。
(6)
る。

例えば伊駒一平は平均五万部を売り、累計で百万部を突破してい

目

次

まえがき──不可視の王国

第一部

前説

エロマンガ全史

~ミームが伝播する~

第一章

漫画と劇画の遺伝子プール

【一九四〇~五〇年代】ゲノムキング・手塚治虫/カウンターとしての劇画
/【一九六〇年代】『ガロ』と『COM』と青年劇画/ハレンチな少年漫画
/【一九七〇年代前期】石井隆と榊まさるに始まる

第二章

三流劇画の盛衰、または美少女系エロ漫画前夜祭

【一九七〇年代中期】三流劇画ブーム/二四年組、ネコ耳付き:七〇年代少
女漫画黄金時代/エロコメの源流はラブコメだっちゃ/同人誌というオルタ
ネイティヴな回路/【一九七〇年代末期】三流劇画の凋落と美少女の出現

第三章

美少女系エロ漫画の登場

【一九八〇年代前半】ロリコン革命勃発/初期ロリコン漫画/【一九八〇年
代後半】二人のキーパーソン/黄金時代/【一九九〇年代前半】冬の時代/

【一九九〇年代後半】成年マーク・バブルの時代/ショタ、女性作家の台頭
/洗練化の波とハイエンド系/新しい表現と回帰する表現/「萌え」の時代
/【二〇〇〇年以降】浸透と拡散と退潮と

第二部

前説

愛と性のさまざまなカタチ

~細分化する欲望~

第一章

ロリコン漫画

ロリコン漫画とは何か?/初期のロリコン漫画/罪という名の補助線/言い
訳は読者のために/虚構は虚構/罪の悦び/内なるデーモン/私は私/こど
ものせかい/ロリコン漫画ふたたび

第二章

巨乳漫画

ロリコンから童顔巨乳へ/最初から記号化された乳房『ドッキン♥美奈子先
生!』/巨乳の巨乳『BLUE EYES』/付加価値があっての巨乳/巨乳の表現

第三章

妹系と近親相姦

愛さえあれば近親も辞さず/理想の母と淫乱な義母とリアルな母/愛もモラ
ルもなく/脳内妹との甘いロールプレイ

第四章

凌辱と調教

凌辱、劇画とネオ劇画/ルサンチマンとコミュニケーション/レイプ・ファ
ンタジー/調教と洗脳/鬼畜とヴァルネラビリティ

第五章

愛をめぐる物語

恋愛系エロ漫画の系譜/おとめちっくとラムちゃん類型/ピュアなラブラブ
/保守的な恋愛観/愛の深淵

第六章

SMと性的マイノリティ

SM、あるいは演劇する身体/SM、制度への絶対的な帰依/性器から乖離
する欲望=多形的倒錯

第七章

ジェンダーの混乱

シーメールとトランス:乳房と男根の意味するもの/シーメールと隣接領域
/リアルな男性器と幻想の女性器/ショタ、またはオート・エロティシズム

終章

浸透と拡散とその後

性なきポルノグラフィ

文庫版増補

補章

二一世紀のエロマンガ

市場の縮退と業界再編/非実在青少年をめぐる攻防/青少年が表現規制の焦

点に/ネットはエロの敵か?/多様化する表象と欲望

あとがき
文庫版あとがき
主要参考文献
人名索引

増補

エロマンガ・スタディーズ

「快楽装置」としての漫画入門

第一部

エロマンガ全史

前説

~ミームが伝播する~

エロ漫画の歴史は決してリニアではない。「外部」からの影響もあ
れば、エロ漫画が一般の漫画に影響を与え、それがまたエロ漫画に反
映されるというフィードバックもある。今や三流劇画の時代ではない
が、三流劇画も生き残っている。ロリコン漫画も主流ではなくなった
が、サブジャンルとして一定のファンを集めている。
断っておくがここで正史を書くと強弁するつもりもない。マクロな
視点で大きな流れを捉えると同時に、必要に応じてミクロな視点にま
で降りて行く。エポックメーキングな作家や作品にも、例えば森山塔
(山本直樹)の『よい子の性教育』がエロ漫画の地図を塗り替えただ

とか、そういう駄法螺を吹くつもりはない。たしかに森山塔は現代漫
画史的にも重要な作家でその影響力は手塚級、大友克洋級かもしれな
いが、だからといって、エロ漫画家全員が森山スクールに属するわけ
ではない。
エロ漫画の歴史は重層的である。AというスタイルがBというスタ
イルにメインストリームの座を譲ったとしても、Aというスタイルが
根絶されるわけではない。規模は縮小されても、スタイルそのものは
残っていく。つまり歴史が続く限りスタイルが増えていく。それどこ
ろか、オールドスタイルが再ブームになったり、類似したスタイルが
新しいものとして登場したりすることになる。これはモチーフとなる
性のスタイルも同じことだ。
ここでは、八〇年代初期から現在に至るオタク系あるいは美少女系

と呼ばれる事実上の「現代エロ漫画」を視座の中心に置き、そこにな
にが流れ込み、現在の姿に至ったのかということを注視したい。そこ
には、想像と模倣、伝承と反逆、大勢と分岐、断絶と発見、およそあ
りとあらゆるものが現代エロ漫画に流れ込んでいる。現代エロ漫画の
大地の下には想像を絶する地層が積み重なっている。
かもしか

大袈裟ではなく、人類が獣脂の灯火を頼りに石窟に野牛や羚羊を描
いた時からエロ漫画の歴史が始まったのである(1)。
描くことの快楽。
表現することの快楽。
見せることの快楽。
感動を、畏怖を、エロスを他者に伝える快楽。
とはいえ、アルタミラの洞窟から話を始めたのでは、いつまでたっ
てもエロ漫画に辿り着かないだろう。なぜなら絵画史は、文化史の一
側面であり、文化史は歴史の一側面であるからだ。一枚の絵画には、
絵画技術のみならず、その時代その時代の文化的背景、政治、社会、
宗教、思想、工業技術が常に影響し、反映されている。それ故に一枚
の絵画から一冊の本を書くことなどたやすいことだし、実際にも美術
研究の専門領域ではありふれたことだ。もちろん、本書ではそこまで
大風呂敷を拡げるつもりはない。ただ、ここで一つ、憶えておいて欲
しいのはリチャード・ドーキンスのいうミーム(meme:文化遺伝子)
という発想である(2)。
ミームについて書き始めるとこれまた前説が終わらなくなるので、
ここではシンプルに「文化の伝達や複製の基本単位である」(ドーキ
ンス)という程度に捉えて欲しい。大袈裟に言えば、エロ漫画にかか

わるミームはアルタミラに始まり、三万年にわたって文化の遺伝子
プールに蓄積されたということになる。
以上のことを念頭において、話を一気に二〇世紀後半にもっていこ
う。
現代エロ漫画の遺伝子プールを眺めると、強い影響関係にあるジャ
ンルが次のような遺伝子のクラスター(集合体)として浮かび上がっ
てくる。

ジャンル的なクラスター

・児童漫画から来たミーム
・少年漫画から来たミーム
・少女漫画から来たミーム
・青年漫画から来たミーム
・青年劇画から来たミーム
・三流劇画から来たミーム
だが、こうした商業誌のジャンル区分に依拠した分類だけでは、多
くの遺伝子の出自が不明になるだろう。そこで、違う角度から遺伝子
プールを検索すると、次のようなクラスターが見えてくるはずだ。
流通形態別のクラスター

・商業出版から来たミーム

・同人誌及び独立出版から来たミーム
別の表現形式のクラスター

・アニメーションから来たミーム
・ゲームから来たミーム
・ウェブから来たミーム
もちろん、他にも、写真、映画、文芸、マルチメディア、音楽、報
道から流れ込んでくるミームもあるだろう。それらについては必要に
応じて召還するかもしれないが、網羅するつもりはない。
遺伝子プールを眺める時、注意すべきはミームの伝達方向が一方向
とは限らないということだ。エロ漫画の遺伝子プールは漫画の遺伝子
プールと重なっており、文化全体の遺伝子プールとも重なっている。
つまり、エロ漫画は常に他のジャンルからミームを取り込むと同時
に、新しいミームを供給し続けている。特にジャンル成立以降は、エ
ロ漫画からのミーム供給(改変されたミームの再供給を含む)が増大
し、それにしたがって漫画全体の遺伝子プールが豊穣なものになる一
助ともなっている。影響は時として相互的であり、互恵的である。
さらに付け加えておけば、文化遺伝子の伝播は、単純な「影響」の
形をとるとは限らないし、川の流れのように上流から下流へ向かうも
のでもない。どこにも源泉はないし、あらゆる場所が源泉だともいえ
るだろう。
ミームは産みの親の意図を裏切る形で、東浩紀的な表現を借りれば

誤配され(3)、遺伝子コードを誤読され、複製され、組み換えら
れ、連鎖を形成し、束になり、再び誤配されることすらある。
そもそもはロリコン漫画誌のために、あけすけな表現でいえば読者
の実用のために描かれたはずの町田ひらくの作品が、漫画好きの女性
読者たちに誤配され、共感を呼ぶという現象はその好例だろう
(4)。純粋にエロ漫画をオナニー用のポルノグラフィと見れば、大

きな誤読が起きていることになるわけだが、町田ひらくがロリコン向
けエロ漫画の中に埋め込んだ暗号は正しくデコードされたということ
もできるだろう。
もう一つ付け加えておくとすれば、ミームの伝播は概ね時系列的に
説明することができるが、たとえ古い作品であっても参照が可能であ
れば、中間の回路を飛ばしてショートカットすることもできる。
つまり、手塚治虫の作品を読めば、そこに含まれるミームに直接ア
クセスし、取り込むことができるというわけだ。例えば田中圭一の
『神罰』(図1)に含まれるエロチックな手塚パロディは、原典から
ミームを直接取り込むと同時に、エロチック・パロディという手法に
よって、手塚作品そのものに内在するエロティシズムを浮き彫りにし
て見せる。そして、それが発表された瞬間、田中圭一作品もまた参照
の対象となり、田中圭一作品の持つミームも遺伝子プールへと還流さ
れる。

あくまでもミームは仮想の遺伝子であり、比喩でしかない。だが、
こうした仮想遺伝子、遺伝子プール、DNA暗号といった「比喩」を
脳内のツールボックスに格納しておけば、新しい視野が開けることも
ある。
例えば、往年の少女漫画ではおなじみの愛らしいリボンやフリル
が、エロ漫画に導入されたとたんフェティッシュとして男性のリビ
ドーを刺激する。この視点を保持したまま少女漫画を再読すれば、少
女漫画をエロチックな表現物として「誤読」することができる。さら
に、かつての少女漫画における性的な抑圧が、過剰な装飾性として噴
出していたのだと「解読」することもできる(5)。
こういう話はある人にとってはとんでもない話かもしれない。しか
し、エロ漫画に限らず、あらゆる表現物は作者の意図を超えて多面的
だ。作者がこの時代のこの杜会に生きている以上は時代性と社会背景
が投影されるし、作者と読者それぞれの深層意識を浮かび上がらせも
する。
もちろん、ここで読者にありとあらゆる読みを要求するつもりはな
い。
ただし、既成概念は一度捨てていただきたい。
なぜなら、その方が楽しいからだ。
なぜなら、これから分け入るエロ漫画の森は、時として常識の通用
しないタガの外れた場所だからだ。

(1)

ホグベン『洞窟絵画から連載漫画へ──人間コミュニケーションの万

華鏡』(岩波文庫・一九七九)というそのものズバリなタイトルの本もある。

(2)

リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子〈増補新装版〉』(紀伊國

屋書店・二〇〇六)

(3)

東浩紀『存在論的、郵便的』(新潮社・一九九八)

(4)

町田ひらくのサイン会に集まるファンの半数が女性読者である。

(5)

このあたりの議論は「性的抑圧と漫画表現」というテーマで一章を

立てたいところだが、これはまた後日ということにしておこう。

第一章

漫画と劇画の遺伝子プール

【一九四〇~五〇年代】
ゲノムキング・手塚治虫
「エロ漫画:エロチックな表現を含む、コマによって構成された漫画
作品」という極めてユルい定義に則して考えるならば、エロ漫画の歴
史は清水崑、小島功、杉浦幸雄に代表される旧世代の大人向けお色気
漫画まで遡ることができるだろう。エロ漫画の遺伝子プールの底を探
れば清水崑の『かっぱ天国』(一九五三~五八)の筆運びから色っぽい
さら

女河童のミームが凌えるかもしれない。
個人的な漫画語りが許されるならば、我が生涯最初期のエロスとし
て清水崑の河童漫画を語りたいところであるが、現在のエロ漫画とは
一〇〇%無関係である。探せば一人くらいは「清水崑の河童に衝撃を
受けてエロ漫画を描き始めた」という奇特なエロ漫画家もいるかもし
れないが……と考えたが、まあ、いないでしょうな。一万歩譲って、
いたとしても、現代エロ漫画とはほとんど無関係の世界である。
後世の美少女系エロ漫画に対する影響力という意味で、やはり無視
できないのは手塚治虫だろう。私はなんでもかんでも「手塚が最初
だった」という風な神格化に与するつもりはない。現代漫画の源流が
手塚一人に集約されないことも知っている。だが、エロスに関してい
えば、手塚がやってしまったことはあまりに大きいし、今もって巨大
なノード(結節点)であることは間違いないだろう。
手塚治虫の実質的な全国区デビューは四七年に上梓された単行本

『新寳島』(酒井七馬・原作)である。これが、なんと四十万部を売り
切るというスマッシュヒットだったのだから驚きだ。面白いことに同
年、山川惣治は和製ターザン物の絵物語『少年王者』で五十万部のベ
ストセラーを記録している。片や新時代の到来を告げる新しいスタイ
ルの漫画であり、片や戦前の少年文化の、そしてまた「大東亜共栄圏
幻想」の最後の光芒としての秘境冒険談である。五〇年前後が旧時代
と新時代の分水嶺だと見ることもできるだろう。
その後の手塚の活躍はいうまでもないが、絵物語は山川惣治の『少
年ケニヤ』をピークに下り坂を歩み、絵物語の遺伝子伝承は一度途絶
えてしまう。このミームを辛うじて受け継いでいくのが後に登場する
劇画であり、大幅に復活させたのが漫画家としては擬古典主義者とで
もいうべき宮崎駿だった(1)。
異論、異説はあれど、ここから手塚治虫の快進撃が始まり、手塚と
その影響を多分に受けた石森(石ノ森)章太郎、赤塚不二夫、藤子不
二雄、水野英子を中心とするトキワ荘グループが『少年』(光文社・
四六創刊)、『漫画少年』(学童社・四七創刊)などを舞台に活躍し、

後の児童向け漫画の王道が築かれていく。
児童漫画とエロスは関係ないと思われがちだが、そうではない。幼
児から前思春期にかけての児童にもエロチックな快感は存在し、性器
に局所化される以前の性的な欲望もある。「快/不快」に敏感な時代
である。児童が児童漫画からエロチックな信号を受信し、無意識にそ
うした「商品」を選択したとしても不思議でもなんでもない。
手塚の絵はウォルト・ディズニーのミームを多量に取り込んだ元祖
アニメ絵である。他に田河水泡や大城のぼるの遺伝子をも受けていた

わけだが、この手塚系児童漫画のアニメ絵調が脈々と継承され、つい
には八〇年代に至って、エロ漫画ジャンルの主流になる。早い話、手
塚漫画で育った世代がエロ漫画家になっているのだから、これもまた
当然といえば当然の話である。
手塚治虫の作品は同時代の他の漫画家、福井英一などの初期のライ
ヴァルたち、弟子筋と呼んでいいであろうトキワ荘世代の漫画家と比
べても、エロチックさでは群を抜いていた。
手塚ヒューマニズムとまで神格化されていた生前には手塚漫画の性
的な側面について語ることはタブーだったが、『キャプテンKen』
の女装にドキドキし(図2)、『白いパイロット』の拷問シーンになん
ともいえないエッチを感じ(子供なのでサドマゾヒズムという言葉を知ら
なかった)、『リボンの騎士』(五三)の両性具有性とタイツ姿に性的

興奮を覚えた昭和三〇年代の子供にとって「手塚漫画はエッチ」とい
うのは当たり前の話だった。当時はまだ、無性人間の迫害と叛乱を描
く『人間ども集まれ!』(六七)も、愛と性を描く『アポロの歌』
(七〇)も、性教育志向の『ふしぎなメルモ』(『ママァちゃん』七〇
七一改題)も、同性愛と淫楽殺人と陰謀が渦巻く『MW』(七六)も

描かれてはいない。それでも手塚漫画はエッチだった。

手塚作品のエッチさについて斎藤環はこう述べている。

谷山浩子氏が『アトム』についていみじくも指摘していたように、
手塚キャラクターの可憐さは、きわめて『エッチな』、つまり性的な
魅力によるところが大きい。性的なものの導入はあまりにも無造作に
なされ、それゆえ多形倒錯的で、しばしば指摘される両性具有傾向や
性同一性の混乱などもその一部に過ぎない。小児愛、同性愛、服装倒
錯、フェティシズム、そうしたものの一揃いが手塚漫画の魅力のかな
りの部分を構成する。繰り返すが、それはあまりにも無造作になされ
ており、それゆえに誘惑的だった。谷山氏同様、私も手塚アニメを両
親と共にみることがいたたまれなかった。自らの性的欲望のありかを
見透かされることをおそれたためだ。

(「『教養』から『神経症』へ──手塚治虫の現在形──」『文藝別冊

総特

集・手塚治虫』河出書房新社・九九所収)

斎藤が列挙した「倒錯」の数々は、面白いことに、そのまま現在の
美少女系エロ漫画全体についてもあてはまる。
これは美少女系エロ漫画の前段階である三流劇画にも見ることがで
きるものの、はるかにその幅も量も小規模のものだった。
ここで多形倒錯的であるという共通項を論拠に手塚が美少女系エロ
漫画の父だと言い募るつもりはない。重要なのは、多形的エロスの
ミームが手塚漫画ですでに用意されていたということである。

ではこのミームは手塚始原のものだろうか?

戦後児童漫画という

限定においては正しい。しかし、あえて遡れば、手塚が終生愛し続け
た宝塚歌劇とディズニーアニメにもエロチックなミームが埋め込まれ
ていた。
ウォルト・ディズニーは性的な描写を嫌悪したと伝えられている
が、果たしてどうだろうか?

性的な要素の導入について、手塚が

「無造作」(斎藤環)だったとすれば、ディズニーは周到だったと見
ることもできる。特にディズニー・クラシックと呼ばれる初期アニメ
作品を見ればわかりやすいだろう。もっとも有名な例としては、
『ピーター・パン』(五三)に登場する小妖精ティンカー・ベルのプ
ロポーションが当時のセックスシンボルだったマリリン・モンローの
データをベースにしていたという伝説だ。この一点だけでも、少なく
ともディズニーはエロチックなキャラクターのアイキャッチ性は充分
に理解していたし、興行成績を上げるためならば、ためらいなく投入
してきたという推測は成り立つ。
「ティンカー・ベル≒モンロー」説は氷山の一角に過ぎない。注意深
い観客ならば、ディズニー・クラシックが巧妙に性的なシンボルやエ
ロチックな記号を使っていることにも、深層心理に触れるようなイ
メージ操作が可能な原作を選んでいることにも気付いているはずだ
(2)。

『白雪姫』(三七)、『眠れる森の美女』(五九)はともにネクロフィ
リアック(死体愛好)のモチーフを含んでおり、『ピノキオ』(四〇)
では噓をつくという恥ずかしい行為の代償として鼻がペニスのように
伸びる。フリーキーな造型の子象がアルコール幻覚に陥り、ピンクの

象の大群を見るという『ダンボ』(四一)や『ふしぎの国のアリス』
(五一)に至ってはサイケデリック・ムービーの先駆である(3)。

その上、実写フィルムをトレースした、あの気持ち悪いほど滑らか
なフル・アニメーションだ。ディズニーがどこまで自覚的だったかは
別として、この滑らかすぎる動きによってキャラクターのみならず草
木に至るまで過剰なまでの生命感を付与されたエモーショナルな映像
はそれだけでもエロチックだろう。「animation」の語源が「animate」
(生命を与える)であることを実感するには最適なサンプルである。こ

れらがサブリミナル(意識下の)映像のように、観客の快楽中枢を刺
激しているとしても不思議ではない。
ディズニーに憧れた手塚が漫画でやろうとしたのは、よく言われる
「映画的表現」という以上に、丸っこいアニメ調の絵で、紙の上にア
ニメを再現することだったのかもしれない。この静止画化されたアニ
メ調漫画が、後の手塚のリミテッド・アニメーションにフィードバッ
クされることになる。アニメ的な漫画を描いていた作家が漫画的なア
ニメを作ることになったわけだ。
手塚のエロチック遺伝子のもう一つの源泉である宝塚歌劇について
は多言を要すまい。女性が男性をも演じる両性具有性、ジェンダーの
混乱、装飾過多なコスチューム、これらはストレートに手塚作品に反
映されている。
両性具有性に着目すれば、初期作品『メトロポリス』のヒロインで
あるミッチイの存在が大きい。彼/彼女はボタン一つで性転換可能な
両性具有ロボットだった(図3)。手塚特有のスター・システムを見る
と、ミッチイは『火星博士』(四七)で少女役でデビューしており、

正体は女性ということになるのだろうが、『メトロポリス』での役柄
が、後に精神的な両性具有者であるサファイア王子/王女に継承され
(『リボンの騎士』)、手塚キャラの代名詞であり当初は少女ロボット

として企画された『鉄腕アトム』の原型となり、さらにミッチイ自身
がアトムの母親役まで演じている。

意図的にエロチックな遺伝子暗号を作品中に埋め込んだのではない
だろうが、そこには手塚自身を含む「時代と社会」の制度的抑圧が作
用してはいただろう。当時、児童漫画でセックスを描いてはならない
というタブーは厳然として存在し、「健全な」手塚漫画ですら、昭和
三〇年代の悪書追放運動ではPTAや進歩的知識人たちによって俗悪
のレッテルを貼られた時代である。しかし、タブーを回避するための
性的要素の暗号化とはとても思えない。当時の悪書追放運動では、漫
画というだけで俗悪な悪書であり善意の岡っ引きどもはその中身を精
査する必要すら感じていなかったのだ。
手塚はあくまでも自分の好きなように描いていた。正直に自らの多
形倒錯を反映させてしまった。そこには計算はない。斎藤環のいうよ
うに「無造作」であり、今の目で見ればあからさまなのである。
初期の児童漫画には、トキワ荘グループをはじめ、無数の手塚の
フォロワーたちが存在したが、エロティシズムを継承した者は皆無と
いっていい。手塚の性的な、エロチックなミームは、むしろ隔世遺伝
的に伝播していくことになる。

(1)

永山薫「セクスレス・プリンセス~漫画『風の谷のナウシカ』の性

とフラジャリティを巡って~」『宮崎駿の世界』(竹書房・〇四所収)
(2)

知的所有権に厳格なアメリカ合衆国の中でももっとも厳しいディズ

ニーが目を光らせているにもかかわらず、インターネットで検索すれば未だ
に三月兎やマッドハッターとセックスする『ふしぎの国のアリス』や、七人
の小人と乱交する『白雪姫』といったエロチック・パロディイラストが見つ
かるし、『白雪姫』のコスチュームのセクシー版はアダルトショップで販売
されている。

(3)

ピンクの象(ピンク・エレファント)はアルコール・薬物中毒者を指す

スラングの一つ。

カウンターとしての劇画
五〇年代以降も「手塚=漫画の神様」の時代が続き、デファクト・
スタンダードとなっていく。しかし、スタンダードが固定化されれ
ば、それからこぼれてしまうスタイルや、それを受け入れられない作
家と読者も発生する。五〇年代に登場した「劇画」はその意味で反手
塚スタイル、あるいは非手塚スタイルだった。「劇画」の揺籃となっ
たのは辰巳ヨシヒロ、さいとう・たかを、佐藤まさあきらによるグ
ループ〈劇画工房〉だった。劇画は児童漫画よりも上の世代を読者対
象とする貸本漫画の世界から生まれた。貸本漫画読者はこれまでは
「若年ブルーカラー層」と考えられていたが、最近の研究では、児童
漫画の読者層とも大きく重なることが実証されている。子供はいつの
時代でも貪欲なのだ。
頭身の高いキャラクター、シャープな線、荒っぽいタッチ、効果線
の多用、コントラストの効いた陰翳といったものが、実際にリアルな
のかどうかは検証する必要があるだろうが、少なくとも、劇画の登場
によって「子供向きではない新しい漫画のスタイル」が確立したこと
は間違いない。劇画は手塚流の児童漫画がやらないこと、できないこ
とを表現し、新たな市場を開拓することにある程度成功し、後の世代
にも影響を与えていく。当然、その延長線上には「大人の娯楽として
のエロ劇画」というジャンルが出てくることになるのである。

媒体の方を見てみると五〇年代には漫画と実話とヌードグラビアが
売り物の「低俗週刊誌」として指弾される雑誌が登場する。『土曜漫
画』(土曜通信社)や『週刊漫画TIMES』(芳文社・五六)、『漫画天
国』(芸文社・六〇、二〇〇三復刊)などがそうだった。この当時の
「低俗週刊誌」はエロという意味では後のエロ漫画誌の遠い先祖と言
うことができるだろう。しかし、直接的な影響関係は皆無に近い。現
在の美少女系エロ漫画から、この時代の「低俗週刊誌」の文化遺伝子
の痕跡を見つけることさえ困難である。もちろん、そこには歴史的な
価値はあるだろうが、もはや研究者と骨董好きの好事家の世界であ
る。この三誌は後の劇画ブームの頃、しぶとく劇画誌へと変貌してい
くことになる。

【一九六〇年代】
『ガロ』と『COM』と青年劇画
六〇年代に入ると、劇画が開拓した「大人が読む漫画」の市場はさ
らに拡大する。娯楽としてもあるいは六〇年安保の「敗北」を経験し
た青年たちの「自分の中にある鬱勃たる情念」(呉智英『現代マンガの
全体像[増補版]』史輝出版・九〇)を表現する形式としても劇画はク

ローズアップされていく。
六四年には白土三平の『カムイ伝』を掲載するための媒体として
『月刊漫画ガロ』(青林堂)が創刊され、これが後に、商業主義とは
別のチャンネルを形成し、貸本漫画の水木しげる、つげ義春、池上遼

一などの異才に活躍の場を提供し、つげ忠男、佐々木マキ、林静一、
安部慎一、鈴木翁二、古川益三(後に「まんだらけ」を立ち上げる)、
川崎ゆきおなどの個性派漫画家、後には奥平イラ、平口広美、ひさう
ちみちおといった三流劇画誌で活躍する作家を世に送り出すことにな
る(図4右)。

六六年には手塚治虫が『COM』(虫プロ商事)を創刊する。こち
らは手塚治虫の『火の鳥』を掲載するための雑誌だったわけだが、非
商業主義的な実験作の掲載、全国的なファンダムの組織化、新人発掘
にも力を注いだ(図4左)。
対抗心の強い手塚治虫の性格から考えると、劇画系の『ガロ』に対
して、正統派漫画のカウンターという図式化も可能だろう。劇画の出
自が手塚治虫へのカウンターだったわけだから、カウンターへのカウ
ンターである。
しかし、実際に『COM』が世に送った漫画家の中には、青年劇画
の鬼才・宮谷一彦(図5)、エロ劇画を経て麻雀劇画の巨匠となる能條
純一、後の宮

事件を予感させるようなペドファイル青年の鬱屈した

日常を描いてデビューした青柳裕介(SM劇画を描いていた時期もあ
る)などの劇画系も数多く、誌上でファンダムの面倒を見ていた漫画

評論家・峠あかねこと劇画家・真崎・守(『はみだし野郎の子守唄』)
のアシスタントからは貴志もとのり(松文館社長)、宮西計三、中島
史雄、ふくしま政美といった後の青年劇画や三流劇画の人気作家がデ
ビューしている。
もう一つ重要なのは、『ガロ』『COM』の二誌がいずれも読者の
ジェンダーをセグメントしない漫画誌だったという点だ。特に『CO
M』はその色彩が強く、少女漫画二四年組に影響を与えた矢代まさ
こ、社会派の樹村みのりなどに活躍の場を与え、個性派の岡田史子や
竹宮惠子をデビューさせ、少女漫画史的にも無視できない足跡を残し
ている。エロ漫画中心史観で眺めればこの『COM』によるジェン
ダーフリーの先取りは、男性漫画読者(及び漫画家志望者)が少女漫画

に目を向ける契機の一つになり、後にはエロ漫画が少女漫画ミームを
大量に取り込む素地を作ったともいえるのである。
六〇年代中期は『漫画アクション』(双葉社・六七)、『ヤングコ
ミック』(少年画報社・六七)、『週刊漫画ゴラク』(創刊時は『漫画娯
楽読本』/日本文芸社・六四)、『ビッグコミック』(小学館・六八)、

『プレイコミック』(秋田書店・六八)などが続々創刊され、劇画ブー
ムがピークを迎える。日活無国籍アクション映画とも重なる不良文化
としての貸本劇画から、大学生や若いサラリーマン層が読む青年劇画
へと変化した時代といえるだろう。
当時をリードしたヤンコミ三羽ガラス(宮谷一彦、真崎・守、上村一
夫)をはじめ、青年劇画は性の領域にも大胆に踏み込んでいた。しか

し、彼らは決してエロ劇画家と呼ばれることはなかったし、それは現
在でも同じだろう。エロ劇画と呼ぶには「芸術性」「文学性」「問題
意識」が高く、エロの冠をかぶせるには今一つ猥雑な娯楽性が足らな
かったのだ。

当時、エロ劇画家と呼ぶことができたのは五八年に『土曜漫画』で
デビューし、『漫画天国』『漫画アクション』で活躍した笠間しろう
(図6)、SM誌の挿し絵でも活躍した椋陽児、『週刊漫画ゴラク』な

どで活躍した歌川大雅である。しかし、残念ながら彼らの文化遺伝子
は美少女系エロ漫画の遺伝子プールにはほとんど届いていない。まい
なぁぼぉいのタッチに椋陽児を感じるという風な例外はあるとして
も、やはり旧世代の産物なのだ。

ハレンチな少年漫画
美少女系エロ漫画から逆しまに歴史を見る限り、手塚直下のトキワ
荘グループのエロチックな影響力は手塚のそれに比べると大幅に見劣
りする。
もちろん、トキワ荘グループとその世代の漫画家たちの作品にエロ
ティシズムが含まれていなかったというわけではない。手塚の作った
現代漫画のフォーマットが踏襲され、アニメーションを取り込んだ動
き、ディフォルメ、フォルム、そして線そのものの持つエロティシズ
ムは型として継承されていく。
石森(石ノ森)章太郎も『サイボーグ009』(六四)の初期の頃ま
では、明確に手塚風であり、私はフランソワーズ・アルヌール(00
3)に恋をし、新幹線の屋根に嬉しそうに便乗する島村ジョー(00
9)の愛らしさに心をときめかせたものである。その当時の石森のキ

ヤラは充分に色っぽかったのだ。残念ながら石森は手塚の型以上に出
なかったし、後に『009ノ1』などの大人向け漫画でお色気方面に
も踏み出すとはいえ、エロティシズムのセンスは常識の枠内に止まり

続けた(1)。
しかしながら、トキワ荘世代の漫画家たちは、「物心ついた時から
身の周りに漫画があった」最初の漫画世代の偶像であり、その影響は
思わぬところにまで及んでいる。
例えば中田雅喜は子供時代に横山光輝の『伊賀の影丸』の拷問シー
ンに遭遇した時のエロチックな衝撃を漫画『ももいろ日記』で、次の
ように語っている(図7)。

それは、忘れもしない昭和三六年少年サンデー二十六号
駄菓子屋の店先で………
生まれてはじめて、ゴーモンシーンを見た!!
もちろん『SMキンバク』なんてまったく知らないころだった
だけど、私は直感的に悟った!
これは、いやらしい!!

(「#15・逆さ吊り水責めして~~」より。『ももいろ日記

上』所収)

作者の意図とは別にエロティシズムは発生し、新たな遺伝子が遺伝
子プールに蓄積される。これに類する現象は他でも散見することがで
きる。

例えば藤子不二雄の児童漫画(最近の『ドラえもん』にいたるまで)に
は膨大にして分厚いファン層が存在し、その中には藤子漫画がエロ
ティシズム体験の最初だったという読者も多いのである。
だが、後のエロ漫画への影響を考えると、トキワ荘世代の次に位置
する永井豪の登場が大きかった。
六七年に『目明しポリ吉』(『ぼくら』講談社)でデビューした永井
豪は翌六八年には『ハレンチ学園』の連載を開始(『週刊少年ジャン
プ』集英社[図8])、一気にブレイクする。

少年誌という制約の多い場所で、バイオレンスとエロスの限度枠を
使い切った永井作品は、多くの年少読者のトラウマとなり、永井が蒔
いた種が十数年後にオタク系エロ漫画として狂い咲くことになる……
とまで言ってしまうといささか大袈裟だが、八〇年代エロ漫画の描き
手の多くが豪ちゃん世代であり、永井豪遺伝子を乾いたスポンジが吸
い込むようにして育ったことはまぎれもない事実だろう。
永井豪作品には「お笑い」や「お色気」というエクスキューズの下
に、サドマゾヒズム、同性愛、両性具有性、アンピュティ(四肢欠
損)、異性装、ヌーディズム、性的拷問、フェティシズムが盛り込ま

れていた。永井は石森章太郎のアシスタント出身だったが、多形倒錯
ぶりは師の師である手塚治虫ばりといえるだろう。これは竹宮惠子
が、石森の影響を強く受けながら、手塚作品の両性具有性や同性愛傾
向をさらに深化させたのにも共通する。特にこの二人に関しては手塚
のエロチック遺伝子の隔世遺伝による発現といえるだろう(2)。
ただし、永井作品の多形倒錯は手塚のそれとはかなり意味が違う。
手塚が無造作にエロスをばらまいたのに対し、永井はずっと自覚的
だった。
初期のコメディ作品では、かなりきわどい艶笑に踏み込み、『バイ
オレンスジャック』『デビルマン』では性と暴力の限界領域にまで踏
み込んだ(図9)。読者に何がエッチとうけとられるか、読者が何を
エッチと気付くかという、どこまでやったらPTAに叱られるかとい
う綱渡りをワクワクと楽しんでやっていた。タブー領域の周辺をぐる
ぐると廻りながら寸止めの拳を繰り出していたといえばいいだろう
か?

永井のトリックスター的なフットワークを保持させるために、当時
の担当編集者は永井に女遊びをさせなかったという伝説が残ってい
る。現実のセックスを知ってしまえば、妄想力が生身の女性に固定化
される。少年誌のエロチック・ファンタジーはセックス志向ではなく
エッチでなければならないのだ。単なるセックスではなく、セックス
の重力圏ギリギリのところで性交を封印し、それ以外のエロチックな
妄想のみを高めて行く。この寸止めによるエロスの倍加というテク
ニックは少年誌エロコメの基本技術の一つとして末永く継承されてい
くことになるわけだし、永井豪を読んで育ったエッチな漫画少年たち
が、永井豪が少年漫画及び青年漫画のエリアでやってのけたことを、
そのまま美少女系エロ漫画で再現し、なおかつ、永井が描かなかった
セックスそのものをも描くようになるのである(3)。

(1)

むしろ、石森にとっては余技だった『ジュン』(六七)などの「漫画

による映像詩」が、岡田史子に刺激を与え、岡田を経由して高野文子や
ニューウェーヴに流れ込み、八〇年代以降のエロ漫画にも遠い影響を与えた
ということもできるだろう。
(2)

ここでは手塚 石森 という隔世遺伝を採り上げたが、手塚 赤塚

でも似たようなことが起こっている。つまり、とりいかずよし『トイレッ
ト博士』におけるスカトロジー、古谷三敏『ダメおやじ』における女性恐怖
(嫌悪)とサドマゾヒズムという風に……。しかし、ギャグ系オンリーだった

フジオプロでは艶笑の域を出ることができなかった。永井豪の凄さは艶笑か
ら入って、多形的なエロティシズムをシリアスな作品にまで持ち込んだ点で
ある。
(3)

美少女系エロ漫画における、永井豪リスペクターとしては上藤政樹

がその代表格だろう。

【一九七〇年代前期】
石井隆と榊まさるに始まる
本格的な、そして現存のエロ漫画の直系の先祖が登場するのは七〇
年代である。
これ以降、青年劇画

三流劇画

ロリコン漫画(美少女系エロ漫画)

という大きな流れが漫画史上に出現する。
ただこれはあくまでも時系列で見た場合の話であって、現在の美少
女系エロ漫画が、どれほどの遺伝子を例えば石井隆から受け継いでい
るかといえば、ほとんどゼロに近い。むしろ青年劇画

三流劇画の中

で培われた土壌、すなわち「性表現へ踏み込んだ市場の開拓」と「漫
画による性表現の自由化」というインフラ整備が大きかった。この土
壌がなかったら美少女系エロ漫画の出現はもっと遅くなったに違いな
い。
さて、七〇年安保の敗北(すでに六九年に勝負はついていたが)は当時
の青少年の精神に大きな影を落とした。世代的に運の悪い人にとって
は六〇年、七〇年のダブル敗戦である。太平洋戦争の敗戦がアプレ
ゲールというシニカルでニヒルな世代を生んだように、二度の安保闘
争敗北は膨大なニヒリストを生み出した(1)。
七〇年代は六〇年代中後期に続々と出現した青年劇画誌の定着と降
盛の時代だった。当然、エロティシズム表現もさらに進む。『ヤング
コミック』では宮谷一彦が『性蝕記』(七〇)を発表し、『漫画アク

ション』では上村一夫の代表作『同棲時代』(七二)の連載が始ま
り、『漫画天国』ではベテラン佐藤まさあきの背徳大作『堕靡泥の
星』(七一)が開始される。そして七三年には『漫画エロトピア』
(KKベストセラーズ ワニマガジン社)が登場する。同誌は「最初のエ

ロ劇画誌」と呼ばれることもあるが、現在の目でながめれば「かなり
エロに傾斜した青年劇画誌」というイメージである。執筆陣を見ても
他の青年劇画誌と重なる部分が多い。上村一夫、平野仁、政岡とし
や、高信太郎、はらたいら、篠原とおる、谷岡ヤスジ、かわぐちかい
じ等々の名前だけ見れば、「どこがエロ?」という疑問さえ覚えてし
まう。はっきりとエロ系なのは沢田竜治、ケン月影などだ。そんな中
で目を引くのが、先年カムバックを果たしたふくしま政美の『女犯
坊』(原作:滝沢解・七四)だ。エロスとバイオレンスとグロテスクを
これでもかと盛り込んだ大長編ピカレスクである(図10)。興味のある
人は復刻版(太田出版・九七~九八)、または電子書籍版を読んで欲し
い。

ふくしまが劇画界に屹立する孤立峰だとすれば、もう一人の大物、
榊まさるはエロ劇画リアリズムによってエロ好き読者の下半身を直撃
し、無数の模倣者を生むことになる(図11)。いうならば、榊まさるの
スタイルは、青年劇画誌ブームの次に来る三流劇画のテンプレートと
なったのである。それ故、現在では復刻版で読むことのできる榊まさ
るの劇画が、ある意味ベタなエロ劇画そのものに見えるのも当たり前
だ。

そしてもう一人の先駆者、石井隆が『ヤングコミック』に登場する
(図12)。石井のデビューは七〇年の『事件劇画』(芸文社)だった

が、やはり全国区的にブレイクしたのは『ヤンコミ』登場以降だろ
う。『ヤンコミ』読者だった私は、それ以前の石井作品は知らなかっ
た。〝マンガエリートのための〟『COM』を一所懸命に読んでいた
地方の漫画少年にとって石井作品は遥か彼方の大人の世界から聞こえ
てくる遠雷に過ぎなかったのである。しかし、『ヤンコミ』という全
国区に躍り出た石井作品『天使のはらわた』(七二)は読者のみなら
ず、同業者、編集者、文化人にとってはブロックバスターだった。
それがどのくらい物凄いものだったかは、『別冊新評

石井隆の世

界』(新評社・七九)の目次に、小中陽太郎、都筑道夫、松田政男、赤
瀬川原平、団鬼六、曽根中生、佐藤忠男、橋本治、実相寺昭雄といっ
た「漫画関係者」ではない「錚々たる文化人」の名前が並んでいるこ
とを見るだけでも実感できるだろう。
石井隆のどこが凄かったのか?

正直にいうが、遅れて来た者であ

る私には実感としては判らない。なぜなら『別冊新評

石井隆の世

界』で語られる石井隆の「新しさ」「深さ」は、私と私より後の世代
にとっては「すでに達成ずみ」のことだったりするからだ。石井作品
の面白いところは、実はセックス描写やSMの過激さではなく、むし
ろ、そうした行為の激しさにもかかわらず、読者にポルノグラフィ的
なカタルシスを与えなかったところかもしれない。といって、物語性
でもない。「想い」や「心」という言葉に還元されるわけでもない。
ありがちな場末の、性を含めた日常のリアルといってもいい。そし
て、もう一つ確実なのは、多くの「インテリ」に多面的な「読み」を

提供したということである。

(1)

シニカル・ニヒリズムは後に第一世代オタクの主な属性として語ら

れることが多いが、実は敗戦から始まって現在に至る、若い世代共通の精神
風景なのだ。「大きな物語」は常に若年層を裏切っていく。大東亜聖戦敗北
からバブル経済崩壊に至るまで、「何も信じるな」というテーマを延々反復
しているように見えないか?

第二章

三流劇画の盛衰、または美少女系エロ漫画前夜祭

【一九七〇年代中期】
三流劇画ブーム
一九七〇年代中期、青年劇画誌ブームを横目で見ていた中小零細出
版社が「これは確実に儲かる」と踏んで、一斉に劇画誌市場に参入し
た。劇画誌、漫画誌は低予算で確実にペイできることが認知されたか
らである。もちろん大手出版社からみればささやかな薄利にすぎない
が、薄利多売の言葉通り、一社が何冊もの劇画誌をキャラメル商法
(箱が変わっても中身は似たようなもの)で量産すれば確実に儲けが出

た。摘発の危険を分散する意味も含めて、分社化し、あるいは下請け
編集プロダクションに発注し、次々と創刊した。
後に怒濤の七五年と呼ばれる一年間だけでも『漫画ダイナマイ
ト』、『漫画アイドル』(辰巳出版)、『漫画ポポ』(明文社)、『漫
画大快楽』、『漫画バンバン』(檸檬社)、『漫画大悦楽号』、『漫
画ユートピア』(笠倉出版社)、『漫画エロジェニカ』(海潮社)、
『激画ジャック』(大洋書房)、『劇画艶笑号』(せぶん社)、『漫画
ジャイアント』(桃園書房)、『漫画スカット』、『漫画バンプ』(東
京三世社)、『劇画悦楽号』(サン出版)、『漫画ラブ&ラブ』(セブ
ン新社)が創刊されている。

これが世に言う三流劇画ブームの始まりだった。

「いわゆる三流劇画=エロ劇画と呼ばれる劇画誌は月刊で五十~六十
誌ぐらい発行されている。この数に驚いてはいけない。これは本誌だ
けで、本誌増刊、別冊、別冊増刊といった調子で発行されることもあ
り、八十~百誌になるのではないだろうか。一誌五~二十万部といわ
れているので少なくても五百万部が街にでまわっていることになる」

(「三流劇画オンパレード」より。『別冊新評

三流劇画の世界』新評社・

七九所収)

これが七九年当時、即ち最盛期のデータである。
三流劇画ブームとほぼ同時にブームとなったのが自販機雑誌とビニ
本だった。
当初、雑誌自販機には、一般の週刊誌、漫画誌、グラフ誌が詰め込
まれた。だが、これでは利が薄いし、書店流通との差別化も難しい。
キオスクで買える雑誌をわざわざ自販機で買うわけがない。そこで登
場するのが、自販機専用に編集出版された自販機雑誌だった。自販機
雑誌は既存の書籍雑誌取次(日販、東販)流通には乗せられない代わ
りに、流通コストを低く抑えられるため、零細出版社でも参入が容易
だった。
しかも一社で何誌も出すのは当たり前。それどころか、一人の編集
長がカメラマン、ライターを兼任して何冊もの雑誌を並行して編集
し、オーバーフローする部分を外部の人間に依頼するのである。薄利
多売であり、粗製濫造だった。使い廻せるものは使い廻し、流れ作業
のように作っていく。造作も安っぽいし、かかわっている人間は駆け

出しの若造ばかりだ。しかし、そこには大手出版社にはない「自由」
があった。そんなものは幻想にすぎないのだが、外部スタッフにして
みれば「文句を言われるほどのギャラはもらっていない」から、かな
り勝手がきいた。ルーティンワークと割り切って、飛ばし仕事をしよ
うが、前衛的なことをやろうが、オーケーなのだ。
そんな中から高杉弾編集の超前衛エロ雑誌『Xマガジン』(エル
シー企画・七八)、山口百恵宅のゴミ箱あさりで悪名を馳せた『Jam』
(同・七九)が登場する。当然、三流劇画誌も自販機で販売された。

中でも御三家の一つである『劇画アリス』(アリス出版)は自販機専
門で書店流通に乗っていない。
アダルトショップ流通のビニ本は直接的にはエロ漫画と関係がない
わけだが、資本、編集者、カメラマンには交流があり、またビニ本で
貯えた資金によって、後には八〇年代エロ漫画の版元としても活躍す
る出版社も生まれてくる。
この七〇年代中期のあらゆるエロ系メディアの鉄則は、
「エロがあれば何をやってもいい」
に尽きる。
それは三流劇画誌においても同じだった。三流劇画以前の大手系青
年劇画があくまでも「劇画」志向だったのに対し、三流劇画は、自ら
を、一流でもなく、中途半端な二流でもなく、三流と位置づけること
によって明確に「エロ」を志向し、「エロ」であるというアリバイの
下で「自由」や「デタラメ」や「前衛性」というものを獲得したわけ
だ。
「三流劇画御三家」と呼ばれた亀和田武編集の『劇画アリス』、高取

英編集の『漫画エロジェニカ』、小谷哲と菅野邦明編集の『漫画大快
楽』は、単にエロティシズム表現の過激さだけで目立ったのではない
(図13)。三人の編集長はそれぞれに論が立ち、戦闘的で、お祭り好き

で、「面白いもの」に対する感度が抜群だった。

彼らには、ありがちな日陰者意識はさらさらなく、テレビにも出演
するわ、互いに論争するわ、実際に鉄拳は飛ぶわ(劇作家の流山児祥が
プロレス評論家の板坂剛を殴る)で、七〇年安保の憂さを晴らすかのよ

うに暴れまくった。
若き劇画家たちのパトスもすさまじく、ダーティ・松本、中島史
雄、清水おさむ、あがた有為、宮西計三、小多魔若史、羽中ルイ、福
原秀美(豪見)、村祖俊一、間宮聖児、冨田茂、土屋慎吾、前田俊
夫、飯田耕一郎、井上英樹、山田のらといった個性の強い面々が、そ
れぞれに「俺のエロティシズム」を誌面に叩き付けたのである。
今から見れば団塊・全共闘世代の最後の一暴れだった。
その二十年後、
「当時は皆さん、個性強かったですね」
という私の発言に、ダーティ・松本はこう答えた。
「だって、今と違って、真似しようにもお手本がないんだよ」
単純明快な回答であった。その時は、なるほどと納得したのだが、
ここまで読み進めてきた読者ならば「お手本」がゴロゴロしているこ
とに気付いているだろう。石井隆でも榊まさるでも、パクろうと思え
ばパクれただろうし、実際に模倣者は多かった。ただ、印象に残る描
き手は一目でその人と判別できる絵と世界を描いていた。冷酷ないい
方になるが、記憶に残らなかった作家・作品というのは、それだけの
ものだったということだ。
ダーティ・松本のバレエ、タイツ、レオタード、トゥシューズに対
するフェティシズム、男女の性器を交換移植したり、全身に針で糸を
通して吊り上げるなど、凄まじいアイディアとバイオレンスの奔流。

宮西計三の

廃と耽美とゲイ・テイストと、ハンス・ベルメールにイ

ンスパイアされたエッチングのようなキリキリとした細密描写(図
14)。レモンセックス派と呼ばれた中島史雄のどんどん洗練され、し

かもアクチュアルな美少女像(図15)。それこそ竹久夢二にまで遡れそ
うな美少女画の系譜に連なる村祖俊一のファンタジーホラー。痴漢劇
画家・小多魔若史の下品リアリズム。ナンセンスの極みという他ない
福原秀美。そこには私にとっての秘宝が燦然と輝いていた。

三流劇画の世界をさらに彩り豊かにしたのが、『ガロ』系の若手た
ちだ。中でも印象に残ったのは漫画界最初期の無国籍テクノ・ポップ
だった奥平イラ(図16)、暴力と狂ったルサンチマンと臭うような生々
しさの平口広美(図17)、ロットリングで描いたようなフラットなライ
ンで一九世紀末ヨーロッパから現代までを舞台に、高踏的なゲイ趣味
から露出趣味、下世話なワイドショーパロディまでを描いた異才ひさ
うちみちおの三人は私のフェイバリットだ。この他にいわば編集者の
ワイルドカードとでもいうべき非エロ系の作家たち、すなわち、いし
かわじゅん、いがらしみきお、いしいひさいちという後のビッグネー
ムが最先端のギャグを描いていた。

想像して欲しい。
ベーシックなピンクと抜きに徹した下世話なエロ劇画があり、当時
は性倒錯とされた様々な性向をエイヤと描く個性派の作品があり、最
先端の笑いがある。
これを読まずにいられるか?
三流劇画の門を入ったら、当初の目的であるオナニーをすませ、つ
いで妖しい幻想に満ちた小部屋を巡り、最後はニヤニヤゲラゲラで送
り出される。
エロティシズムのテーマパークである。
ここで強調しておかなければならないのは御三家はあくまでも氷山
の一角にすぎないということだ。マスコミ露出も多く、時代の脚光を
浴びていた御三家以外の数十誌のエロ劇画誌の編集者たちは、高杉弾
の『Jam』を横目で見ながら地味な量産型自販機雑誌に携わっていた
私同様に、羨望と「エロのマジョリティを支えているのはコチラ」だ
という屈折したプライドを背負って日々の仕事をこなしていたのであ
る。
あからさまないい方をすれば御三家はインテリ層でも受け入れるこ
とのできるエロ劇画誌であり、それ以外はマニアとブルーカラーが購
読する「実用系エロ劇画誌」だった。その意味でも実用系編集長の一
人である塩山芳明の『現代エロ漫画』(一水社・九八)は貴重な証言の
詰まった一冊といえるだろう。なにしろ中途半端なインテリ読者だっ
た私が見たことも聞いたこともないようなエロ劇画家の名前が幾つも
見つかるのだから。
どちらが本物でどちらが偽物という話ではない。先鋭的な御三家が

あればこそ、一つの時代を築き得たわけだし、大きな裾野を形成する
「その他」があってはじめて御三家も存在しえたのである。相互補完
のバランスが絶妙だったわけだ。
二四年組、ネコ耳付き:七〇年代少女漫画黄金時代
三流劇画が大爆発する少し前、少女漫画の世界では大きな波が起き
ていた。いわゆる「花の二四年組」の台頭である(1)。
当時の状況を竹熊健太郎は端的にこう語っている。

この頃のマンガを語る上で見逃すことができないのは、やはり「男
が少女マンガを読むようになった」ことである。七〇年代とは、なに
よりも少女マンガの時代だった。当時マンガ好きを自称する男で、少
女マンガを読まない奴はモグリとまで言われたものである。

(『見る阿呆の一生』TINAMIX(2))

実際、私が少女漫画をよく読んだのもこの時期で、漫画好きなら
ば、萩尾望都は読んでいて当たり前だった。余談になるが、昔、友人
たちと荒俣宏の家に遊びに行った時、少女漫画の話になって、私が、
「萩尾望都とか竹宮惠子が好きです」
というと、荒俣は、
「それは普通の漫画好きですね」
と切り返し、ニヤリと笑ってこういった。

「少女漫画好きならば木原敏江ですよ。ドジさまを読まねば
(3)!」

もちろん漫画好きという点では三流劇画の描き手たちも、編集者た
ちも負けてはいない。例えば中島史雄は、アパート住まいの頃、上階
の女性がゴミ出しの日に捨てる少女漫画雑誌を拾って愛読していたそ
うである。ある日、その女性が中島の部屋を訪れ、「よろしかったら
どうぞ」と少女漫画誌の束を手渡したという。それだけでも「ちょっ
とイイ話」だが、その女性が実は山岸凉子だったというオチは「かな
りイイ話」というか、ほとんど「伝説」の範疇ではあるまいか?
ジャンルは違っても、漫画の新しい未来を開拓するという意味では
若き日の中島も山岸も同じ戦場に立っていたともいえるだろう。
三流劇画家たちの中には、単に少女漫画を読んで楽しむだけではな
く、積極的に少女漫画の遺伝子を取り込んでいく者もいた。なぜな
ら、登場人物の心理描写、恋愛感情の表現、画面処理、ファッション
などに関しては少女漫画の方に一日の長があったからだし、女性キャ
ラクターの美しさ、愛らしさという点では通常の劇画的スタイルでは
太刀打ちできなかったからだ。そもそもエロ劇画は女を魅力的に描け
てナンボではないのか?

その目で見ると劇画的にローカライズされ

ていても、清水おさむやダーティ・松本の描く女性キャラたちには少
女漫画遺伝子をはっきりと窺うことができる。
しかし、少女漫画遺伝子の受容という意味では、三流劇画よりも美
少女系エロ漫画の方が遥かに貪欲だった。美少女系エロ漫画にとって
魅力的なキャラとは「見た目の可愛らしさ」であることがその大部分
を占めている。劇画には「美しい」「色っぽい」「セクシー」という

ミームは存在しても「可愛い」は存在しない。「可愛い」ミームは子
供向けとされてきたジャンル限定の必殺技であり、少女キャラに絞っ
てみれば少女漫画がその宝庫だったからだ。美少女系エロ漫画の中で
見つかる可愛いミームは少年漫画や幼年漫画(学年誌)から伝播した
ものもあるわけだが、それすらも大元は少女漫画から始まっているわ
けだし、さらに遡れば恐ろしいことに手塚治虫にまで辿り着いてしま
う。穿った表現をすれば、手塚の生んだ可愛い遺伝子が少女漫画ジャ
ンルでよりよく保存され、ブラッシュアップされて、同年代に男性向
けとされるジャンルへとフィードバックされたということになる。
二四年組とエロ漫画の関連で重要なのは、彼女たちが従来の少女漫
画以上に愛と性に踏み込んだ表現を行ったということである(図18)。
その多くは男子同性愛(少年愛)をモチーフにしており、それが、後
に『JUNE』(サン出版・七八[図19])という形で作家・中島梓(栗本
薫)らとともに「女性向けファンタジーとしての男子同性愛表現」の

基準を形づくり、さらに後のやおい/BLの原点の一つとなる。
JUNE/耽美/やおい/BLは男子禁制のアジールであると同時に、
いやアジールとして閉鎖的だったが故に、独自の文化として発展・熟
成し、やがて臨界に達したかのごとく周辺文化への大幅な越境を行う
ことになる。

では、なぜ、七〇年代後半に、少女漫画家たちは男子同性愛をモ
チーフとして選んだのだろうか?

少女漫画ジャンルにおける性タ

ブーを回避するために「描き手も読み手も直接関係のない男性間同性
愛だから」というエクスキューズを置いたと見ることも可能だろう。
だが、単純に男女間の性を代替しただけ、あるいは同性愛に対する窃
視的な興味、またはマイナー志向こそ良しとするオタク的ナルシズム
というレベルならば、女性向けカルチャーの中でJUNE/耽美/やお
い/BLがここまで巨大にして重要な領域を占めることはなかったは
ずだ。
彼女たちは、麗しい男子同士の恋愛劇を宝塚歌劇や歌舞伎を眺める
ように愛でると同時に、登場人物に自己投影し、ファンタジーの中で
性別を越境し、性的ファンタジーをファンタジーとして楽しむことを
覚えたのである(4)。
女性たちが発見した「やおい的快楽」は創作と作品の享受だけに止
まらなかった。原作(漫画、小説、映画、アニメ、TVドラマ、実在のス
ポーツチーム)の読み替え(やおい読み)や、パロディ、パスティー

シュ、キャラクター引用を含む「二次創作」として脱構築することに
もまた新たな喜びを見いだしていく。リスペクト、オマージュとして
の二次創作という建前を掲げつつ、二次創作行為そのものの快感、即
ち原テクストを読み替え、意図的に誤読し、解体することへの知的興
奮という本音の部分での快楽もまた大きかった。
男女間のリアルな性ではなく、「描き手も読み手も直接関係のない
男性間同性愛だから」というエクスキューズを置いたと否定的に見る
べきではない。ここで注目すべきは、たとえエクスキューズ付きでは

あっても、作者と読者が性表現に踏み込み、性表現に触れ、性表現に
対するアレルギー、フォビア(忌避、恐怖)が格段に緩和されたとい
うことである。
二四年組から始まる「性と文化の革命」が、JUNE/耽美/やおい
/BL同人誌の隆盛、商業誌へのオーバーグラウンド化という止めよ
うのない潮流となるとは誰が予測しただろうか?

そして、その潮流

が、やがて、九〇年以降には女性作家の男性向けエロ漫画ジャンルへ
の大量越境という事態にまで発展することになるとは、漫画の神様で
も想像すらできなかっただろう(5)。
美少女系エロ漫画は、これ以外にも少女漫画から多くの遺伝子を受
け継いでいる。内面描写や、内省的なテーマもその一つだし、リボ
ン、フリル、レース、チュール、コスチュームの数々といったフェ
ティッシュもそうだし、現在でも重要な萌え要素の一つであるネコ耳
にしたって元を正せば大島弓子の『綿の国星』のヒロイン、諏訪野チ
ビ猫が嚆矢ではないか(6)(図20)。

また、漫画の構造から見た場合、少年漫画のラブコメについても同
じことがいえるのだが、八〇年以降顕著になるラブストーリー系のエ
ロ漫画は乱暴にいえば少女漫画のラブコメと共通するフォーマットを
使用し、ゴールがノンセックスかセックスかの違いにすぎない。さら
に先の話としては、少女漫画、やおい、BL、レディスコミックで性
的な表現を獲得した女性作家が八〇年以降、男性向けエロ漫画の領域
に大幅に参入し、それまでの「エロ漫画は男性作家による男性読者の
ためのジャンル」という既成概念を破壊し始めることになる。本書の
守備範囲からは外れることもあり詳述は避けるが、三流劇画で活躍し
た男性作家が、後に性描写が過激化したレディスコミックのジャンル
に女性名で参入していることも付け加えておこう。

(1)

中核は昭和二四年生まれを中心とする、いわゆる「大泉サロン」に

集まっていた若手作家、即ち萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、山岸凉子たち
を指す。他に木原敏江、樹村みのり、山田ミネコ、ささやななえ(こ)がい
た。また、彼女たちの後輩格にあたるのが伊東愛子、佐藤史生、奈知未佐
子、坂田靖子、花都悠紀子である。二四年前後生まれでは他に岡田史子、一
条ゆかり、里中満智子、大和和紀がいる。
(2)

『ゴルゴ13はいつ終わるのか?

竹熊漫談』(イースト・プレス・〇

五)に収録。TINAMIXのウェブ公開は終了している。

(3)

八〇年前後、荒俣宏が『帝都物語』でブレイクする以前の話であ

る。ちなみに荒俣は少女漫画家志望の漫画少年で、そのプロ級(現在でも通用す
るレベル)の腕前の一端は『漫画と人生』(集英社文庫)で窺うことができる。

(4)

二四年組の少年愛志向については、大泉サロンのリーダーであり、

竹宮惠子の原作者でもあった増山のりえ(現・作家)の影響が大きい。(増山の

りえ+佐野恵「キャベツ畑の革命的少女マンガ家たち」『別冊宝島288

70年代マンガ大

百科』宝島社・九六所収)。

(5)

JUNE/耽美/やおい/BLに関しては榊原史保美の『やおい幻論』

(夏目書房・九八)、中島梓『タナトスの子供たち』(筑摩書房・九八)は必読。

JUNE/耽美/やおい/BLの全体像を知るためというよりは二人の著者の間
にある立ち位置の偏差から、複雑にして豊穣なJUNE/耽美/やおい/BL世
界の一端を垣間見ることができる。ここでは、漫画を中心に見ているが、
JUNE/耽美/やおい/BLでは、森茉莉を先駆とし、栗本薫をゴッドマザー
とする耽美小説の流れもまた大きいことを指摘しておこう。
(6)

先に『伊賀の影丸』の拷問シーンに出会って「コーフン」した少女

(中田雅喜)は、その後、漫画家となって『綿の国星』や二四年組少女漫画を

モチーフとしたエロチックパロディの傑作『桃色三角』(タイトルから萩尾望都
の『銀の三角』のパロディ)を描き、BLを描き、小説を書くようになる。

エロコメの源流はラブコメだっちゃ
では一方の少年漫画はどうか?
永井豪の多形的エロティシズム以降はどうなのか?
もちろん、山上たつひこ(山上龍彦)の『がきデカ』や、鴨川つば
めの『マカロニほうれん荘』(七七)の重要性はわかっている。漫画
史として語るのならば何ページも割いて語るべきだろう。たしかに美
少女漫画の遺伝子プールには二人のミームが間違いなく入っている。
しかし、美少女系エロ漫画のスタイルを左右するほどの影響力は持っ
ていなかった。
最大の功労者は高橋留美子である。
年季の入った美少女系エロ漫画読者なら、これはもはや単なる常識

だろう。
『うる星やつら(1)』(七八)はスラップスティックSFをベースと
したラブコメとして優れていただけではなく、手塚作品が性的であっ
たのと同じように性的な魅力が存分に盛り込まれていた。そもそも男
女の関係性をエンジンとするラブコメディである。痴話喧嘩のドタバ
タの延長線上には決して描かれることはないがセックスが用意されて
いる。しかも、ラムの虎皮ビキニというデフォルトのコスチュームと
ティンカー・ベル的なプロポーション(図21)、他の女性キャラクター
のビザールな、あるいはフェティッシュなコスチューム……。男装の
美少女(藤波竜之介)も、白衣の保健医兼巫女(サクラ)も、ロリータ
(ラン)もいる。見事に多形的ではないか?

さらに重要なのは高橋が美少女系エロ漫画の一つの型を作ってし
まったということだ。
これまで『うる星やつら』類型が美少女系エロ漫画二十数年の歴史
の中で、何回描かれて来ただろうか?

異界(宇宙、異次元、海底、未

来、過去、裏社会、超上流社会、幻想世界、天国、地獄、あの世)からやっ

てきた異能を持つ女の子(異星人、未来人、アンドロイド、妖精、女神、
天使、悪魔、吸血鬼、ギャング、ヤクザ、ギャンブラー、天才、獣人、幽
霊、大富豪、王女、メイド)が主人公の住居に押し掛け女房のように居

着いて、主人公を振り回したり、逆に振り回されたりするというパ
ターンである。「女ドラえもん」と呼ばれるように、男性読者にとっ
て極めて都合のいいファンタジーだが、浮気者の主人公と彼を愛する
異界から来たヒロインという基本パターンさえ押さえておけば、あと
は互いのライヴァルを次々投入するだけで話は転がっていく。連作短
編集を作るには実に重宝なフォーマットなのだ。
例えば、アパートの屋根と天井を突き破ってコスプレ美少女が落ち
てきて、
「ごめんなさ~~い♪

次元転移のエネルギーが切れておっこっ

ちゃった♪」
とワケのわからんことをいって、主人公のパンツを脱がし、
「エネルギーを少しわけていただきますぅ♪」
と押し倒すワケだ。ここでセックスが「オルゴン・エネルギー」の
補給に必要だとしてもいいし、単純に精液が「高濃度エネルギー資
源」でもいい。いや、そこまで説明しなくたって、多少はエロ漫画を
読んだことのある読者なら脳内データベースから適当な説明を呼び出

して無意識的に補完してくれるだろう。
エネルギー補給後は、今度は壁でも突き破って退場させればよろし
い。
「えがった~~~~」
と余韻に耽る主人公の背後に、怒り心頭に発し爆発寸前のアパート
の大家でも立たせておけば充分なオチとなるだろうし、
「それから彼女がどうしたかというと……」
をラストページ前の最後のコマに入れ、ラストページで、
「実はまだいるのです」
「今度は次元転移エンジンが壊れちゃった、てへっ♪」
という『李さん一家』(つげ義春)的なオープン・エンドにしてお
けば、後は人気投票次第で続編も可能というわけだ。
なんといい加減な!

と怒る向きもあろうかと思うが、そういう中

からも傑作、佳品が生まれるから油断できない。具体例は第二部で言
及するとして、こういうのが実に多かったのである。
高橋留美子が定着させたSFラブコメの類型ほど目立ちはしない
が、同じようにベーシックな遺伝子形を提供したのが、やはり七〇年
代後半からブームとなった少年誌ラブコメだ。
柳沢きみおの「翔んだカップル』(七八[図22])から始まるこの
ブームは、黄金時代と呼ばれる七〇年代少女漫画から間接的にも直接
的にも影響を受けていた。先に述べた二四年組はもとより、『りぼ
ん』(集英社)を中心に活躍した陸奥A子、岩館真理子、田渕由美子
らのオトメちっくラブコメのミームが少年漫画の遺伝子プールに大量
に流れ込んだのだ。遺伝子どころか、少女漫画誌に描いていたあだち

充が『みゆき』(八〇)をひっさげて少年誌(『少年ビッグコミッ
ク』)に参戦し、サブジャンルとして完全に定着する(図23)。少女誌

で『ボクの初体験』などのエッチコメディを描いていた弓月光が『み
んなあげちゃう』(八一)で青年誌に参入するのもこの流れだろう。

いうまでもなく少年誌も少女誌も、セックスそのものはNGだっ
た。シリアスだろうが、ラブコメだろうが、ピュアなラブストーリー
だろうが、エッチコメディだろうが、セックスはタブーであり、ギリ
ギリのところで寸止めしなければならないし、ほのめかしにとどめな
ければならない(2)。エロ漫画にはそういう制約がないにもかかわ
らず、ラブコメやラブストーリーの枠組みはちゃっかりと伝承されて
いるのが面白い。少年漫画、少女漫画のその先を見たい読みたいとい
う読者が漫画家になって「その先」を描いたという側面もあれば、あ
るものはなんでも利用するバイタリティといってもいい。

(1)

『うる星やつら』は約十年にわたって『週刊少年サンデー』(小学

館)に連載され、テレビアニメは四年間、劇場用アニメは六本制作されてい

る。中でも八四年公開の押井守による『ビューティフル・ドリーマー』は、
「終わりなき学園祭(または夏休み)」というオタクの核心に触れるテーマを描
いた傑作だった。おそらく十年も続いた原作に対する批評的な文脈もそこに
はあったのだろうが、象徴的な作品である。考えてみれば、八〇年代美少女
系エロ漫画で延々繰り返される『うる星やつら』類型は、夏休みを終わらせ
まいとするオタク第一世代の無意識の欲望を反映しているのかもしれない。
(2)

例えば、先の少女漫画二四年組の項とも重なるが、山岸凉子は『グ

リーン・カーネーション」(七六)でベッドシーンを「ギシ」という擬音一つ
に凝縮させた。これが当時としては限界ギリギリであった。

同人誌というオルタネイティヴな回路
七〇年代中期で、もう一つ重要なのは、七五年の第一回コミック

マーケット開催である。無論、規模は現在と比較のしようもないわけ
だが、三流劇画の「激動の七五年」と見事にシンクロしているのが面
白い。この通称「コミケット」または「コミケ」の存在が、漫画界の
構造そのものを変えてしまう。同人誌はトキワ荘世代の頃から「肉筆
同人誌」という形で存在し、その後も全国に散らばる漫画サークルや
学生の漫画研究会、同好会(学漫)の、作品発表と研鑽の場だった。
コミケをはじめとする同人誌即売会の出現は、それまでサークルの
成員とその周辺にのみ配布されていた同人誌が、インディーズ出版の
側面を獲得していく上での大きな契機となった。同人誌即売会という
市場があれば、売る側も買う側も利用できる。同人誌が売れれば制作
資金を回収し、次号の制作資金を調達することも可能になるわけだ。
もちろんそれまでの、素人の趣味の世界、漫画家の卵たちの修業の場
としての同人誌がなくなったわけではないのだが、商品としての価値
を年ごとに高めていくことになり、後には即売会の収入で生計を立て
たり、マンションの頭金を作ったりする「アマチュア作家」が出現す
る。それどころか、やがて、自分では漫画も小説も書かずに編集にの
み専念するフリーエディター(編集同人)も現れ、作家に原稿を依頼
し、原稿料を支払うという、ミニ商業出版みたいなことも珍しくなく
なる(1)。極端な言い方をすれば、商業誌に一切執筆することな
く、漫画家として喰っていけるのである。既存のプロの作家にとって
も同人誌は、商業誌の制約を外した作品が描ける上に、現金収入源と
して大いに魅力的なメディアとなった(2)。そこには上下意識はな
い。それどころか、同人誌が本業で、商業誌は同人誌を売るための
ショーケースと言い切る作家まで登場する。現在では、もはや同人誌

という言葉は形骸化し、むしろ自主制作書籍と呼んだ方が正しいだろ
う。
さて、七五年から八〇年代初期にかけて、コミケ及び同人誌界がエ
ロ漫画にどんな遺伝子をもたらしたか?

ということを考えてみよ

う。まず、三流劇画に対してはほとんど貢献していない。なぜなら、
発生時期はほぼ同時とはいえ、三流劇画のビッグバンぶりに比べれば
第一回コミケは極めてささやかであり、コミケが倍々ゲームで膨張し
ていくのは八〇年代に入ってからだ。現象面だけを見れば、コミケと
完全にシンクロしているのは八二年にジャンルが成立する美少女系エ
ロ漫画であり、八五年に『キャプテン翼』(図24)同人誌で大爆発を起
こすやおい系である。この背景にはコミケ準備会の岩田次夫が指摘す
るように、同人誌印刷が七〇年代末から八〇年代前半にかけて急速に
発展し、商業誌並のクオリティに達し、なおかつ低価格競争の時代に
突入したことも大きかった(3)。

コミケット代表の米澤嘉博が三流劇画誌にもかかわっていたこと、
三流劇画末期にロリコン同人漫画家が三流劇画誌でプロデビューして
いたことを考えると、三流劇画と同人誌が完全に無縁だったというわ
けではないが、大きな相互関係はなかったと見るべきだろう。
急速に成長する市場の中で、同人誌が初期の「内輪のネタ」から、
「売れる商品」へと急激に変質していったのも当然といえば当然の帰
結だろう。その中で即戦力となったのはエロとパロディだった。
エロチックな表現を加えたパロディ、即ちエロパロ同人誌の登場が
いつの時点であったかは定かではない。しかし、七〇年代後半のロリ
コン同人誌の中にはすでにエロパロが登場していた。もちろん売るた
めだけにエロやパロに傾斜したわけではない。それ以上に半ば禁じ手
であったエロやパロを描けるという楽しさの方が先行した。中には眉
ひそ

を顰める向きもあったろうが、若い描き手にとってタブー侵犯や権威
への茶々入れは快楽であり、他人の作ったキャラクターを好きなよう
にカスタマイズし、エロチック化し、ギャグ化する楽しみはオリジナ
ル作品制作とはまた違った喜びをもたらしたのだ。
他人が創造した認知度の高いキャラクターの意匠を流用するパロ
ディ同人誌については様々な論議がある。だが、実際には原著作権者
が黙認または黙殺するケースがほとんどだ(4)。
これはパロディ同人誌が、原著作権者に金銭的な損害を与えること
がないというのが大きいだろう。パロディ同人誌は偽ブランド商品で
はない。読者はパロディであることを知って……というよりはパロ
ディだから買うのである。
パロディの出来不出来、内容によっては原著作権者やその作品の

ファンの逆鱗に触れることもある。だが、それについてアクションを
起こさないことが美徳とされてきた。漫画の場合、原著作権者自身が
同人誌では他人の作品のパロディ(自作パロディすらある)を描くこと
が多々あり、お互い様の部分もある。
原著作権者が公式にパロディ同人誌にお墨付きを与えることはあま
りないが、パロディ同人誌が人気のバロメーターであることは今や漫
画・アニメ・ゲーム業界の常識である。コミケットに行けば、商業誌
でどの漫画が人気を集めているのか、どのアニメが受けているのか、
どのゲームが当たっているのかをお手軽に知ることができる。逆にパ
ロディ同人誌が作られることを計算に入れて商業誌作品が描かれ、ア
ニメやゲームが作られることも珍しいことではない。
商業のエロ漫画サイドから見れば、パロディを含むエロ系同人誌
は、新人作家発掘のためのファームであり、商業誌にはない新しい試
みをチェックし、流行を知るためのアンテナだった。
もちろん、大手出版社が有力な新人を一本釣りする場合もあるが、
先物買いはエロ漫画系の出版社や編集プロダクションの方が素早くか
つマメなのだ。大手出版社にしても、無駄な先物買いに走るよりは、
エロ漫画で習練し、ある程度育ってからスカウトした方が効率的だ。
古いタイプの編集者は、エロ漫画同人作家やエロ漫画家をエロコメ要
員としてしか見てこなかったが、最近の編集者にその意識は薄い。
面白いことに、プロデビューした後も多くの漫画家は同人誌に描き
続ける。それどころか、それまで同人誌経験のなかった商業誌作家が
同人誌界に参入するという「逆転現象」さえ起きている。エロ劇画家
の大家であるダーティ・松本が、ベテラン少女漫画家の柴田昌弘

(5)が、親子ほども歳の離れた若者たちと机を並べて自作の同人誌

を売っているのだ。繰り返しになるが、同人誌は商業漫画の下部構造
ではない。むしろオルタネイティヴな、もう一つの漫画界であり、商
業漫画界と大きく重なりながら、同時に別世界でもあり続けているの
である。

(1)

編集同人の中には同人編集で獲得した人脈を資産として編集プロダ

クション化し、商業誌編集に携わる者も出てくる。
(2)

即売会の後を追うように漫画専門の書店が登場し、同人誌を扱うよ

うになったのも無視できない。九〇年代後半には商業誌では年収二億円と伝
えられる少年誌漫画家が五百万円の制作費で同人誌を出版し、千五百万円を
売り上げ、打ち上げパーティで五百万使ったという噂もある。
(3)

岩田次夫『同人誌バカ一代~イワえもんが残したもの~』(久保書

店・〇五)

(4)

トラブルはゼロではない。ロリコン漫画初期(八〇年代初頭)には牧村

みき(現・EL BONDAGE)などが堂々と『うる星やつら』ネタを商業誌に描いて
いたが、法的にはともかく、大手出版社の編集部からの苦情、抗議もあり、
「商業誌では、おおっぴらにやんないこと」が不文律となっていった。その
結果、牧村みきの初期単行本には初版バージョンと改訂版の二種類が存在す
る。また、やおい同人誌で『キャプテン翼』がブームになった時、掲載誌で
ある『週刊少年ジャンプ』八七年九号では、編集部から全体の八割を占める
「ポルノまがい」の同人誌に対する批判と自粛を訴える異例の呼びかけがな
された。とはいえ、法的手段に訴えた例は、九九年の「ポケモン同人誌事
件」くらいだろう。この事件は京都府警が福岡在住の同人誌作家を著作権侵
害容疑で逮捕したわけだが、かなり見せしめ的な立件という印象だった。漫
画家や出版社ならばそこまではやらなかっただろう。

(5)

『狼少女ラン』『サライ』などで知られる柴田昌弘はサークル恐慌

舎を主宰。同人誌『RED EYE』はメイド本だったが、流石にクオリティが高
かった。ダーティ・松本は元アシスタントの萩原一至(『BASTARD!!』)に誘
われてコミケに行き、若い女の子が「自分より過激な作品を描いている」こ
とに衝撃を受け、自らも参加するようになったそうだ。

【一九七〇年代末期】
三流劇画の凋落と美少女の出現
ことわり

生者必滅の 理 というべきか、七〇年代中後半に盛りを迎えた三流
劇画にも、やがて凋落の時がやってくる。
原因は幾つかある。まず、雑誌の数自体が過飽和状態に陥り、作品
の量を確保するために質が低下したことが考えられる。人気作家は無
理な量産(月産三百枚!)を行い(あるいは行わされ)、それでも間に合
わなければ、以前ならば掲載されなかったような凡作、新人の穴埋め
原稿、人気作家の旧作品を掲載してページ数を確保する。そんなこと
をやっていれば読者が離れても不思議ではない。
もう一つは規制の波だ。
七六年:東京地婦連が自販機雑誌の販売停止を求める運動を開始。
七七年:青少年対策本部が自販機に関連した青少年の意識調査を行
う。
七八年:「ポルノ雑誌自動販売機」問題が衆院文教小委員会で討
議。

七八年:『漫画エロジェニカ』十一月号が刑法一七五条「わいせつ
図画頒布」で摘発。
七九年:『別冊ユートピア/唇の誘惑』(笠倉出版社)摘発。
八〇年:PTA全国協議会が、有害図書の自販機販売規制、青少年
に対するワイセツ図書販売の禁止の立法を求める請願運動を開始。
八〇年:ビニ本一斉摘発。芳賀書店常務逮捕。

『エロジェニカ』摘発は、編集長がテレビの深夜番組『11PM』で当
局を挑発したからだという説がある。たしかにありうる話だが、前後
の推移を見れば遅かれ早かれどこかが見せしめ的にやられることは自
明だったはずだ。取締当局及び規制推進陣営の目的は自販機とビニ本
というゲリラ的な出版物を抹殺することだった。
自販機が絶滅したわけではない。だが、引き潮は早かった。私の記
憶では自販機オリジナル雑誌自体は八〇年代中期までは存続したが、
自販機自体が表通りから駆逐されて激減すれば、オリジナルを刊行す
る旨味もなくなってしまう。これは自販機オンリー、あるいは販路の
一部を自販機に頼っていた三流劇画誌にとっては大きなダメージに
なった。
さらに考えに入れておくべきなのは最初から先を考えたビジネスで
はなかったということである。
元々が零細出版社が目先の現金を獲得して、今日を生き延びるため
の手段だった。大きなビジョンを描くとか、出版革命を起こそうと
か、戦略的にどうこうというレベルではない。単純にいってしまえ
ば、原稿料の安い漫画家と安い給料の編集者でコストを切りつめた雑

誌を作るというだけの話だ。劇画誌だから広告収入も少ない。基本的
に読み捨てである。単行本でもう一度儲けるという発想がなかった
し、あっても取次の口座を持っていなかったり、単行本を出す余力が
なかったりする。
衰退の理由は他にも様々あったろう。どれが致命傷だったというよ
りは、複合的にそれぞれが「効いた」のだと思う。
しかも、後から見れば、すでにエロ漫画の次の時代、すなわち「美
少女の時代」がエロ劇画の内部においても始まっていたのである。
とはいえ、エロ劇画自体が消滅したわけではない。御三家やそれに
連なる「インテリ」系が減少し、漫画読みの読者が離れ、全体的に縮
小しても、そこには残存者利益が発生する。安価なエロ物件を必要と
する一見さんはいつの時代にも存在する。こういう時に、最初から漫
画マニアやインテリを勘定に入れていない「実用系」は強い。現在で
も『漫画ボン』(少年画報社 大都社)、『漫画ユートピア』(笠倉出
版社・〇九年二月号で休刊)、『漫画ローレンス』(綜合図書)などけっ

こうしぶとく最長不倒距離を稼ぎ続けている。
当然ながら作家も生き残っている。
生き残っているだけではなく、突如、再ブームになって、新刊が出
るわ、復刻版は出るわで、オールドファンを熱狂させ、無能な評論家
を「な、なんで今頃」と慌てさせることになってしまった。
中でも有名なのが九〇年代後半のケン月影ブームだろう。ほとんど
「月刊ケン月影」の勢いで怒濤のように刊行された(図25)。このブー
ムの余波か、エロ度をアップした青年劇画誌の老舗『プレイコミツ
ク』(秋田書店)に登場し、なおかつ看板作家として同誌を牽引する

ことにまでなってしまったのである。

クールなSM路線で鳴らす間宮聖児はCG導入によって、さらに
クールさを底上げし、原作との相乗効果もあいまって、毎月のように
文庫をリリースしていた(図26)。個性派でいえば、北条司風の絵柄と
徹底した下品さで根強い人気を誇るおがともよしも熟女ブームで再び
注目を集め、それまでおがともよしという有毒物質を知らなかった漫
画マニアを地獄に叩き込む(図27)。猟奇エロ画家の早見純も、マニア
の手で発掘され、悪食な漫画読みの間では一気にアイドル化すること
になる。

そこまで当たらずとも、ねむり太陽はスペインで単行本がリリース
されて、イベリア半島の巨乳好きを熱狂させたし、桃園書房ではコン
スタントに熟女系エロ劇画を刊行中だ(図28)。評論家やインテリが評
価しようがしまいが、生き残るものは生き残る(1)。
そういうことだ。

(1)

三流劇画リバイバルは九〇年代末~二〇〇〇年代初期にかけてブー

ムとなったが、その後、中心となった版元の倒産などにより沈静化した。本
書初版時に存命であった『漫画ユートピア』も二〇〇九年に休刊している。

第三章

美少女系エロ漫画の登場

【一九八〇年代前半】
ロリコン革命勃発
八二年。最初のロリコン漫画誌と呼ばれる『コミック

レモンピー

プル』(あまとりあ杜)が創刊された(図29)。創刊号の月号は「八二
年二月号」だが月号表記は先付けであり、実際には八一年末に書店に
並んでいたわけだが、これが世にいう「ロリコン漫画ブーム」の始ま
りである。

劇画調の三流劇画から、漫画・アニメ調のロリコン漫画へ。パラダ
イムシフトは予想以上の速度で進行した。この背景には、大きな時代
の流れ、あるいは文化史的なうねりを見て取ることもできる。中でも
特徴的なのはフラジャリティの復権、または再評価という流れだろう
(1)。フラジャイルとは「壊れやすいもの、繊細なもの、小さきも

の、幼いもの、か弱きもの、不完全なるもの、断片的なもの、愛らし
いもの、歪んだもの、病んだもの、儚きもの……」といった、男性原
いつく

理あるいはマチズモとは対極的な「もの/状態」を慈しむ文化であ
る。フラジャリティ文化は相対的にマイナーであっても決して特殊で
はないし、脆弱でもなかった。戦前戦中の軍国主義的で抑圧的な文化
状況下でさえ、「女子供」のための娯楽として生き延びてきたのであ
る。
大日本帝国の敗戦によってマッチョな価値観が崩れ始め、戦前・戦
中派の力が弱まるにつれて、もはや歴史的必然であるかのようにフラ
ジャリティが増殖し始める。「女子供」文化の領域ではいつしかサン
リオに代表される「ファンシー」が浸透し、「かわいい」というコト
バが「美しい」「好ましい」「素敵な」「優れた」というコトバたち
を吞み込んでオンナコドモ領域から溢れ始める(2)。漫画・アニメ
という「子供文化(とされてきたもの)」の読者/観客年齢の上限がど
んどん上がっていく。七〇年安保で敗北した団塊世代の全共闘戦士た
ちが、シニカルな苦笑を浮かべながらモーレツサラリーマンとなって
馬車馬のように働き、どんどんニッポンは豊かになっていく。三流劇
画をリードした編集者も作家も団塊の戦士たちだ。マチズモはフラ
ジャイルを抑圧する。しかし、その圧力はどんどん弱まっていく。

団塊の世代に続く「狭間の世代」「シラケの世代」は七〇年安保に
間に合わず、しかも先輩たちの華麗すぎる転身ぶりや凋落ぶりを目撃
した分、マチズモにはいい加減うんざりしていた。さらに、その下の
オタクと新人類の世代に至ってはマチズモはパロディのネタだった。
カワイイものが好きだ。
それのどこが問題なんでしょうか?
オタク/新人類は「生まれた時からテレビもアニメも漫画週刊誌も
普通にあった」世代であり、カワイイが大好きであることを公言して
憚らない最初の連中であった。そして要するに八〇年代前半とはバブ
ル景気(八五年一一月~九一年二月)前夜祭の別名であり、「消費は美
徳」の子である彼と彼女が可処分所得を持つようになった時期だった
のである。彼らの物欲を搔き立てる『monoマガジン』(ワールド・
フォトプレス)と、彼女たちのカワイイ系スタイルを刺激する『オ

リーブ』(平凡出版)が『レモンピープル』と同じ八二年創刊なのは
偶然ではない。もはや、単に当たり前に必然的にそういう時期にさし
かかったということである。
ロリコン・ブーム自体は写真界とグラフ誌の世界では八〇年以前か
ら始まっていた。先駆的な少女ヌード写真集としては剣持加津夫の
『ニンフェット

12歳の神話』(ノーベル書房・六九)、沢渡朔『少女

アリス』(図30)が存在したが、ブームの台風の目となったのは清岡純
子である。彼女はヌード写真集『聖少女』(フジアート出版・七七)を
皮切りに、各地のデパートで展覧会を開催し、写真集を次々に出版し
た。

そして、これまた「運命の八二年」に、清岡はキオスクでサラリー
マン相手にバカ売れしたという伝説の残る『月刊プチトマト』(図31)
の刊行を開始する。美少女ヌードを見る(主に男性の)視点はフラ
ジャイルな少女美

成人ヌードの代用品の二極を彷徨っていた

(3)。乱暴に分類すれば沢渡がオタク的な前者の、清岡が団塊的な

後者の視線を主に引き受けていたともいえる。
もちろん、美少女写真のブームがストレートにロリコン漫画革命を
準備したわけではない。しかし、この時期に美少女嗜好文化がコマー
シャリズムの中で突出し始めた証左にはなるだろう。
より大きなうねりは、ファンダムで起きていた。当時のファンダム
はSFを中核に、漫画、アニメ、映画、写真、演劇、文学、美術に広
がっていた。例えばアニメ誌『月刊OUT』(みのり書房)八〇年一
二月号では米澤嘉博が連載コラム「病気の人のためのマンガ考現学」
第一回として「ロリータ・コンプレックス」を採り上げているが、そ
こで触れられているのはロリコン系エロ漫画だけではなく、陸奥A子
のオトメチック・ラブコメであり、高橋留美子『うる星やつら』であ
り、山本隆夫撮影の少女写真集『リトル・プリテンダー~ちいさなお
すまし屋さんたち』(ミリオン出版・七九)だった。やはりアニメ誌の
『アニメック』十七号(ラポート・八一年四月)では宮崎駿の『ルパン
三世

カリオストロの城』に登場するクラリス姫を筆頭とするアニメ

の美少女キャラ特集「〝ろ〟はロリータの〝ろ〟」が組まれ、ロリコ
ン同人誌やアニメ同人誌も俎上に上げられている。漫画サイドでは
『ふゅーじょんぷろだくと』(ふゅーじょん・ぷろだくと・八一年一〇月
号)が「特集:ロリータあるいは如何にして私は正常な恋愛を放棄し

美少女を愛するに至ったか」を組んでいる。
SFとアニメとロリコンの蜜月の好例として挙げられるのが八一年
のSF大会『DAICON

』である。同大会は後のオタキング・岡田斗

司夫、武田康廣(現・GAINAX取締役統括本部長)らが主催し、「SF
まんがを語る部屋」には手塚治虫、村上知彦、高信太郎、いしかわ
じゅんとともにロリコン漫画の旗手でもあった吾妻ひでおが登場し、
そこから生まれた企画が美少女アニメの原点ともいえる『DAICON
オープニングアニメ」であり、庵野秀明(監督『新世紀エヴァンゲリオ
ン』九五他)、山賀博之(現・GAINAX代表取締役社長、監督『オネアミス
の翼』八七他)、赤井孝美(元・GAINAX取締役、イラストレーター、ゲー
ムクリエイター)らが制作に携わっている。

もちろん当時のファンダムがペドファイルの巣窟だったわけではな
い。フラジャリティを愛好するマイナー文化の中から美少女嗜好が浮
上し、一般性を獲得していく過程で、アニメや漫画を含めて同時進行
的にコトが起こっていたのである。
同人誌界でも八〇年を境に「ロリコンファンジン」と呼ばれていた
ロリコン同人誌が増殖し、原丸太の『ロリコンファンジンとはなに
か?

その過去・現在・未来』(『ふゅーじょんぷろだくと』八一年一〇

月号)によれば八一年後半には数十誌の規模に拡大していた。その中

でも吾妻ひでお主宰の『シベール』(七九創刊)、千之ナイフ主宰の
『人形姫』(八〇年創刊)、蛭児神建の『幼女嗜好』(図32)が人気を
集め執筆者の多くが初期ロリコン漫画誌の描き手あるいは編集者と
なっていく。

こうした文脈を現在の視点で眺めれば、ロリコン漫画が手塚系漫画
絵の復権運動だったと位置づけることもできる。当時のロリコン漫画
の描き手の多くが三流劇画誌の描き手でもあったため「反劇画」とい
う旗幟は必ずしも鮮明ではなかったものの、要は「オレたちはアニ
メっぽい、漫画っぽい絵でエッチな漫画を読みたい」ということであ
る。
この「かわいい」運動のイコンが「美少女=ロリータ」だったと考
えれば理解しやすいだろう。別にロリコンである必然性はなかった
が、当時は「ロリコン」が旬であり、営業しやすい売れ筋の企画と
ネーミングだったわけだ。
学園祭でテーマをでっち上げて、盛り上がるのと似た構造だが、違
うのは、「ロリコン祭」を支え、展開した初期オタクたちの背後に
は、巨大なマーケットとなるオタク世代が控えていたことだ。オタク
世代が、大学生となり、あるいは社会人となって可処分所得が増加す
るのと並行してマーケットは倍々ゲームで膨らんでいく。文字通り
「終わりなき学園祭」の時代が始まったのだ。

(1)

松岡正剛『フラジャイル

弱さからの出発』(筑摩書房・九五/ちくま

学芸文庫・二〇〇五)

(2)

島村麻里『ファンシーの研究

「かわいい」がヒト、モノ、カネを

支配する』(ネスコ・九一)
(3)

この他、八〇年前後には石川洋司、近藤昌良などがグラフ誌に美少

女ヌードを発表し、続々と安価な美少女写真集をリリースし、荒木経惟をは
じめとする大物写真家も幼女~少女ヌードを撮っていた。もちろん、ペド
ファイル人口が劇的に倍加したというわけではない。ロリコン・グラフ誌

『Hey! Buddy』終刊号(白夜書房・八五年一一月号)の読者アンケートを見るまで
もなく少女ヌードの購買層のほとんどは、普通の大人たちだった。ヘアヌー
ドさえ許されない時代である。彼らは取り締まり側が「生殖器」と見なさ
ず、規制の対象外だった無毛のワレメに走ったのである。これもまた欲動に
対する抑圧が生んだ奇怪な文化状況といえるだろう。そんな中で興味深いの
は、青山静男のモノクロ写真のような街撮りで、少女たちの日常的なリアル
と自然体の愛らしさを捉えようとするフラジャイルな視点が存在し、読者の
支持を得ていたということだ(『少女たちの日々へ 1』飛鳥新社・〇五)。ちなみ
に『Hey! Buddy』が終刊に追い込まれたのは、海外の幼女ヌードを扱ったグ
ラフ誌を輸入販売(リプリント販売)しようとした業者が税関と争った「モペッ
ト裁判」で、幼女のワレメも性器と認定する判例が出たためだった。

初期ロリコン漫画
ロリコン漫画がファンダムの中から生まれ、その影響下に出現して
いることをよく示しているのが「メカと美少女」と呼ばれるSF志向
である。単純にいえば「オレタチの好きなもの」を並置しているわけ
だが、美少女の愛らしさがメカを引き立て、メカの無骨さ、非人間性
が美少女のやわらかさ、生命感をより際立たせることによって一世を
風靡した。考えてみれば、このあたりからすでに物語性よりも、ムー
ド、キャラクター、デザイン、設定重視という、後の「萌え」概念の
形成につながる形式が自立していたのである。当時の「ロリコン漫
画」のエロスはセックス描写以上に、キャラクターの愛らしさ、体
型、動作、コスチューム、シチュエーションなどに対するフェティシ
ズムに負うところが大きかった。阿乱霊作品のシャープなキャラ造

型、谷口敬の陰影の深い少女像、牧村みき(現・EL

BONDAGE)のア

ニパロ・キャラの崩れた魅力について語られることはあっても、今時
のように修正の薄さやセックス描写が論議の対象になることはなかっ
た。
ではもっとも成功したロリコン漫画家・内山亜紀はどうか?

内山

は『レモンピープル』以前に野口正之名義で七九年にデビューしてい
る。初単行本『つらいぜジュリー』(やまさき十三原作・双葉社・八
一)は妻に捨てられた草野球オヤジと娘を描くコメディだったが、表

紙からミニスカでパンツ丸出しの少女(完璧に内山キャラ)が登場して
おり、元々好きだったんだなーということがよくわかる。八二年、内
山亜紀はオムツをした幼女アンドロイドが活躍する『あんどろトリ
オ』を『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)に連載し、その頃の青
少年の心に多大なる性的トラウマを刻みつけた。しかし、内山作品の
核心となるのは「男女の性交」ではなく、常にオムツ、幼女パンツ、
オモラシといったフェティッシュだった(図33)。

三流劇画の情念などはどこにもない。あるのは汗の匂いのしないデ
オドラントで人工的な肢体であり、セル画のような段々影の「キャ
ラ」だ。漫画というよりは、現実には存在しないが作者の脳内に存在
するエッチなアニメをコミカライズしたメディアミックスと捉えた方
がいいかもしれない(1)。
中島史雄や村祖俊一といった三流劇画出身者についても同じような
ことがいえるが、ロリコン漫画シーンでは、それが「少女」によって
行われていることが重要であり、具体的な性行為も、数あるエロティ
シズムの一つに過ぎなかったのである。彼らの作品が「ロリコン漫
画」と呼ばれるのはヒロインが幼女か少女であり、エッチシーンがあ
り、たかだか「ロリコン漫画誌」に掲載されていたからにすぎない。
ペドフィリアックな幼女嗜好を原動力として描かれたホンモノの匂
いのする、あるいはよりディープなエロスの深淵に迫る「ロリコン漫
画」が登場するのは、むしろブームが去った後の話になる。

(1)

森野うさぎ、阿乱霊、破李拳竜、計奈恵が「メカと美少女」の代表

格だが計奈恵&狐ノ間和歩は後にアニメ『くりいむレモンPART3

SF・超

次元伝説ラル』(創映新社)のキャラクターデザインを行うという形で脳内メ
ディアミックスを現実のものとする。

【一九八〇年代後半】
二人のキーパーソン

実質的なロリコン漫画ブームは、商業誌ではせいぜい八二~八四年
の二年間程度のものにすぎなかったが、漫画絵・アニメ絵の愛らしい
少女キャラクターという図像はそのまま継承されていく。
ロリコン漫画ブーム衰退の理由は単純に読者にも作者にもホンモノ
の幼児性愛者がいなかったからにすぎない。絶対多数派は、少なくと
も第二次性徴期以降の「女性」でないと「可愛い」とは感じられて
も、エロスの対象としては捉えられなかったということだ。
このロリコン漫画衰退期に二人のキーパーソンが登場する。一人目
は若手編集者だった大塚英志だ。大塚は当時、劇画誌として創刊され
ながら、まったく数字の出せなかった『漫画ブリッコ』(白夜書房[図
34右])の編集長に就任し、彼のいう「美少女まんが誌」へと大改造

を行う。現在のエロ漫画を「美少女漫画」と呼ぶのは、ここから始
まっているといってもいいだろう。大塚の凄味はあくまでもエロ漫画
というタテマエを守りつつ、実質的にはニューウェーヴ革命を推進し
てしまったことだろう。藤原カムイ、岡崎京子、ひろもりしのぶ(別
名みやすのんき)、故かがみ♪あきら(別名あぽ)、白倉由美など、同誌

からデビューまたはブレイクした漫画家は数多いが、その多くは一般
の漫画誌へと活動の中心を移していくことになる。フリーだった大塚
は同誌と並行して、執筆者がほとんど重なるエロ抜きのアンソロ
ジー・シリーズ『プチアップル♥パイ』(徳間書店[図34中])の編集に
も携わり、新しい感覚の漫画とその作家たちを売り出していく(大塚
の「同根の商品をアダルトと非アダルトに分割しつつ同時進行させる」とい
う戦略が、九〇年代後半に今度は大手資本による「萌え」と「抜き」の分離
という形で反復されることになるのだが、その点については後述しよう)。

ふる

また同誌のコラム欄では竹熊健太郎や中森明夫が健筆を揮っていた
が、中森のコラムで揶揄的に使用された「おたく」という言葉が論議
を呼び、大塚英志と論争になるという前代未聞の展開によって「おた
く/オタク」という言葉が急速に一般化していくことになる。

大塚が編集を離れた後、同誌は斎藤O子に引き継がれ、リニューア
ルされ、最終的に『漫画ホットミルク』(図34左)として、一時代を形
成する。大塚の敷いたハイセンスで今日的な路線は、彼の育てた作家
陣とともに、エロ漫画界からスピンオフし、一般誌へとその版図を拡
大していくことになる。
大塚がエロ漫画界を去ることによって、三流劇画論争
画革命

ロリコン漫

ニューウェーヴ運動と連なる「運動としてのエロ漫画史」は

終焉を迎えたといっていいだろう。とはいえ大塚の「遺産」即ち「カ
ワイイ」「泥臭くない」「オシャレな」「先進的な」スタイルは、後
述する「ハイエンド系」や「萌え」という形で美少女系エロ漫画に影
響を与えていく。
大塚が「運動」を仕切るプロデューサー的編集者の代表格だったと
すれば、もう一人のキーパーソンである森山塔(塔山森、山本直樹)
は、ポスト三流劇画及びポスト団塊世代の時代精神を象徴する最大の
作家だった。参戦する前に七〇年安保の敗戦を体験し、団塊=全共闘
世代の転身ぶりを目撃してしまったシラケの世代、後に新人類やオタ
クと呼ばれることになる世代の倦怠感、無力感、シニシズム、ニヒリ
ズム、アナーキズム、既存の価値とリアルに対する不信と反感を森山
ほど体現して見せた作家は他にいなかった。
そこでは旧世代的なパトスは徹底して排除される。ヒロイズムもマ
チズモも尊厳もクソもない。激しい性行為が描かれるとしても、その
行為の原動力となる愛も欲望もそこにはない。そんなものはおちゃら
かしの対象にすぎないし、唾棄すべき人間主義だ。ただただ犯し、犯
され、殺し、殺される。森山塔の世界では男女の区別なく人間は消耗

品である(図35)。

その世界は暗く深い絶望に閉ざされているか、さもなければ殺伐と
したユーモアとシニカルな笑いによって彩られている。例えば「プロ
ローグ・デマコーヴァ

SOFT VERSION」ではトーケンズの脳天気な

「ライオンは眠っている」をBGMに惨劇が繰り広げられる。アマゾ
ンに修学旅行に来た女子高生たちが、食人族に捕らわれて、犯され、
殺され、食され、「女の子って捨てるところがないんだよね」と髪や
骨に至るまで、まるで絶頂期の捕鯨産業の如く徹底的に利用されてし
まうのだ。森山の痛烈なシニシズムは、時としてほとんどデタラメな
ギャグという形を取ることすらあった。あたかも、漫画という表現形
式自体を、いや、それどころか漫画家としての自分を嘲笑するかのよ
うなニュアンスさえそこにはあった。こうした、森山のアナーキーな
スタイルは、現在ではさらに洗練され、凄味を増しているが、当時は
当時でやはりかっこよかったのである。
そんな森山塔の作家活動を『ペンギンクラブ』(辰巳出版)を創刊
することで支えたのが、エロ漫画業界最大の編集プロダクション・コ
ミックハウスの社長・宮本正生だった。『ペンギンクラブ』は『ホッ
トミルク』とともに、作家性の強い作家群を供給し、八〇年代後半の
美少女系エロ漫画黄金時代を築き上げていくことになる。
黄金時代
エロ漫画は大きくエリアを拡大した。
ロリコン漫画は起爆剤として有効だったが、ありがたいことに偏狭
なロリコン原理主義はほとんど存在しなかった。元々、「ロリコン」
は「お祭りのテーマ」にすぎなかったからだ。祭りが終われば、御輿

は倉庫に収納される。ロリコン漫画ブームはたかだか二年も続かずに
下火になってしまう。とはいえ、ロリコンは充分に役目を果たした。
漫画読者の注目を集め、新しいエロ漫画の可能性をプレゼンテーショ
ンすることができた。
雑誌が増え、作者が増え、読者が増えれば、ありとあらゆるものが
拡大していく。
元々ペドファイルでもなんでもなかった読者の九九・九%は、あっ
さりと次の波に乗る。すでにロリコン漫画ブームから進んでいた選択
肢の多様化はさらに進行していた。オシャレでデオドラントなニュー
ウェーヴもあれば、森山塔に代表される作家性の強い描き手たちもい
る。気楽に愉しみたいのなら、わたなべわたるに代表される脳天気な
までに明朗な「童顔巨乳」のラブコメが主流になりつつあった(図
36)。

絵柄もまたあらゆるものが揃っていた、劇画、幼年漫画、少年漫
画、少女漫画、大友克洋や藤原カムイ経由のバンド・デシネ(フレン
チコミック)、アニメなど、漫画界に存在する画風は総てエロ漫画

ジャンルにも存在した。読者の幅が拡がったということも言えるし、
ダイナミックレンジの広い読者が増えたということも言えるだろう。
エロ漫画の歴史ということを考える上で、重要なのは「一度生まれ
たモード、スタイル、テーマ、モチーフ、趣味趣向、傾向は盛衰が
あっても決してなくならない」ということだ。どんなに時代が進んで
も、相変わらずベタなロリコン漫画は存在するし、明朗巨乳ラブコメ
もなくならない。年を追うごとに、エロ漫画は多様化し、細分化し、
幅と奥行きが拡がり、交雑し、越境し、浸透し、拡散することを繰り
返すことによって豊穣な土壌を形作っていく。
だが、世の中は甘くはない。
いつまでも右肩上がりは続かない。ピークが過ぎれば、次は下り坂
の時代がやってくる。それは必然かもしれないが、エロ漫画の場合、
ピークを前にして、首の皮一枚を残して圧殺されてしまうことにな
る。
八八~八九年に起きた連続幼女誘拐殺人事件(1)を伏線として、
八〇年代末期から九〇年代初頭にかけての「冬の時代」がやってきた
のだ。

(1)

この事件の犯人として宮 勤が逮捕された直後にテレビニュースで

放映された、彼のビデオテープと漫画で埋まった自室の光景が世間に衝撃を
与えたことを記憶している読者も多いだろう。あの光景がオタクに対する偏

見と差別、そしてメディア(ホラー映画、漫画、アニメ、後にはゲーム)規制に大き
な口実を与えてしまった。この映像が恣意的に作られたヤラセであったこと
は以前から一部には知られていたが、ブログ『格闘する読売ウイークリー編
集部』(現在は閉鎖)〇五年一一月一二日付の記事「いったいどうなっている
のか」において、『読売ウイークリー』デスク(〇五年当時)である木村透
は、宮 容疑者の部屋に一番先に入った読売新聞記者として当時を振り返
り、民放のテレビクルーが見えない位置にあったエロ劇画『若奥様のナマ下
着』を目立つ位置に置き直したことを証言し、ブログ界で議論を呼ぶことに
なる。問題の記事は現在では同サイトより削除されており、参照不能となっ
ている。(補註:『読売ウィークリー』は〇八年に休刊。休刊後、木村透副編集長は読売
新聞社編集局地方部次長、教育支援部長などを歴任)。

【一九九〇年代前半】
冬の時代
九〇年の弾圧は官と民とマスコミが一体となって、ジャンルとして
の「エロ漫画」のみならず、漫画のエロティシズム表現全体を叩き潰
そうとした戦後最大の大弾圧事件だった。
和歌山の市民団体が、青少年向けのエロチックな漫画を野放しにし
ていいのか?

と警察にねじ込んだことがコトの発端とされている。

民主主義体制だから、まず民意ありきというわけだ。特に表現・言論
という政治的な部分に官が踏み込むためにはそれなりの前提が必要な
のだ。さて、どこまで民意だったのか?

ということを突っ込んでも

どうしようもない。これまでなら、「表現の自由」を旗印に擁護に
廻ったであろうリベラルから左の陣営も、「性の商品化」「女性蔑

視」という新しい論理によって腰砕けになり、中には未だに尾を引く
「擁護すべき漫画と擁護しないでもいい漫画がある」という、珍説を
唱える学者まで出る始末だった。そんな騒動の中で、朝日新聞の「貧
しい漫画が多すぎる」という社説(1)はまさにトドメの一撃だっ
た。比較的リベラルだと思われていた朝日が、「低俗なエロ漫画は抹
殺してよし」というゴーサインを出したわけである。
後はもう思い出すのもウンザリするような過程を経て、落としどこ
ろとしての「成年コミックマーク」なるものが編み出されて、エロ漫
画は明確に自主規制ジャンルとして確立させられてしまったのだ。
私は、貧しいのは漫画ではなく、「表現」も「自由」も真摯に考察
してこようとはしなかった、進歩的知識人やリベラルと称する人々の
知能だと思っている。自分にとって不快な表現であっても、不快感を
表明するのはともかく、少なくとも抹殺することに手を貸してはなら
ない。これがリベラルや進歩派や民主派を名乗る以上、最低限の認識
だろうと思うのだが、我が国では全然違うようである。
実際に市民運動家たちが指弾したのは狭義のエロ漫画ではなく(そ
もそも存在自体認識していなかったと思われる)、少年誌のエロチックな

ラブコメ群であり、矢面に立たされたのが上村純子と遊人だった(図
37)。重要なのは、劇画タッチのエロではなく、漫画絵が問題になっ

たということである。上村純子も遊人も後に問題とされた作品を成年
マーク付きで復刊することになるのだが、上村は学年誌系少年漫画の
絵柄であり、遊人の画風のベースは江口寿史、即ち漫画絵からニュー
ウェーヴを経た後の萌え系にも連なる路線である。

規制強化を訴える人々が非難したのは「子供が読む少年誌でエロを
やった」ということに対してだったが、実は「子供漫画と同じ絵でエ
ロをやった」ということが大きかったのではないか?

そう考えると

少女漫画の絵でセックスを描いたり、ちっちゃいお友達に親しみ深い
アニメっぽい絵柄で「アブノーマル」な行為を描いたりする狭義のエ
ロ漫画はもってのほかということになる。大手誌のエロ担当要員が叩
かれた次には「もっとヒドイものがある」とばかりに標的がシフトす
るのも当然の話だった。もちろん、その頃には、子供が少部数の、ほ
ぼ漫画マニア寄りの「エロ漫画」をどれだけ読んでいるか?

なんて

ことは誰も考えなくなっている。もはや表現そのものが問題なのだ。
この大弾圧事件によって、弱小資本のエロ漫画出版は壊滅的な打撃
を受ける。私は当時から、発行されるエロ漫画単行本を総てチェック
するという仕事をしていたわけだが、それまで月に二十冊程度の単行
本が出ていたのが、〇~十二冊程度にまで減少した。単純計算でも千
円×一万部×二十冊×六カ月=十二億円という金銭の流通がストップし
た(印税でいえば一億二千万円である)。それでも、エロティシズム描
写を徹底的に抑えることで雑誌を続けることはできたので、餓死者や
自殺者は出さずにすんだ(2)。しかし、単行本印税があってようや
く生活が成り立っていた作家たちにとってはまさに「冬の時代」であ
り、中にはガス代が払えず、真冬なのに暖房どころか湯も沸かせない
生活に追い込まれた作家もいたという。

(1)

九〇年九月四日朝刊。今、読み返してみても漫画とエロティシズム

表現への偏見と不勉強さに溢れた社説である。例えば手塚治虫の展覧会に触

れて「ユーモアと人間性、そして文明の将来を憂える哲学など、改めて学ぶ
ことは多かった。その理想と創造力を後輩作家がもう少し受け継いでいたな
らば、『漫画亡国』の批判も起こらなかったろうに」と書いているのには驚
愕した。手塚治虫作品がかつて「悪書追放運動」(五五年)の矢面に立たさ
れ、「子どもたちの敵」と吊し上げられた歴史的事実すら知らずに書いてい
るのである。「低劣であることを理由に、法律や条例で規制するべきではな
い」と釘をさしてはいるが、この社説のロジックがそのまま「規制強化」の
論理に流用されてしまった。その後、九七年に朝日新聞社主催の手塚治虫文
化賞が創設されたのは、「漫画界に対する謝罪」が何%か含まれていたのか
もしれない。当時、私は選考委員である米澤嘉博に「あの朝日に協力するの
か!」と詰め寄ったものだ。さらにその後、同紙〇六年一二月一日夕刊のコ
ラム欄『時評圏外』に小川びいによる『エロマンガよ永遠なれ』を掲載し、
本書を紹介した。外部筆者のコラムとはいえ冒頭で、「Hな題材を扱ったマ
ンガを『低劣』『貧困』と非難した、あの社説をきっかけとして、九〇年代
はじめに『有害コミック騒動』が起きたのだ」と明記している。これは間接
的に同紙が非を認めたということなのかもしれない。
(2)

ある作家の自殺の原因がこの大弾圧だったという未確認情報はあ

る。

【一九九〇年代後半】
成年マーク・バブルの時代
成年コミックマークは大手同体が先導し、中小零細団体が受け入れ
たわけだが、大手版元の「成年コミック」は九〇年代末以降は一冊も
発行されていない(図38)。中小零細系は一部の例外(エロ漫画誌掲載の

ギャグ漫画など)はあるもののマーク貼付率は限りなく一〇〇%に近

い。大手は直接的な性描写を抑制することによって、中小零細はマー
クを付けて各都道府県の「青少年条例」の対象外にすることによって
「安全」を買ったということになる(後の松文館事件までの話だが)。
従って当時に限っていえば全般的にエロティシズムに関しては大手系
がおとなしく、中小零細系が過激だと見ることができる。ただし、何
をもって過激とするかという判断基準は主観的かつ曖昧であり、単純
に論じることはできない。

大弾圧によって表現をめぐる政治地図は大きく塗り替えられた。市
民団体、地方自治体、警察を中心とする規制推進派の発言力が増し、
逆にリベラル=規制反対派という図式は脆くも崩れ去った。
しかし、皮肉にも規制が飢餓商法を演出した。経営的に追い詰めら
れたはずの中小零細出版各社は、成年マーク登場後、一気にバブルに
突入する。次の弾圧がいつくるかわからない。そんな危機感が読者の
購買意欲に火をつけた。規制前は月産二十~三十冊だった単行本の発
行点数が、たちまち元のレベルに復帰し、五十冊を超え、ピーク時に
は百冊を超えた。驚くべきことに、年間千冊超の出版ラッシュがほぼ
九〇年代中後半期にわたって続いたのである。一時的な飢餓市場の域
を超えていた。明らかに市場規模(読者層)が拡大し、「成年コミッ
ク」が漫画読者の間で一定の市民権(漫画専門店のワンフロアを占める
というようなことだが)を獲得したといえるだろう。その意味で九〇年

代後半は安定期あるいは充実期だった。もちろん量の増加が質の向上
を意味するわけではない。だが、スタージョンの法則に従えば良質の
一〇%にあたる絶対数もまた増加したことは間違いないし、必然的に
エロ漫画界の地勢図も描き換えられた。

ショ夕、女性作家の台頭
九〇年代中期のエロ漫画バブルは、一部の作家・編集者に危機感を
抱かせた。古参の編集者は「長くは続かない」と次代を探り、若手編
集者・作家は八〇年代の拡大再生産に閉塞感を抱いていた。志は違っ
ていても、三流劇画

美少女系エロ漫画に続く新しいエポックを待望

していた。結論から言ってしまえば、「次」が立ち現れることはな

かったが、多くの試みがなされ、新しいミームが導入され、一部は定
着し、一部はエロ漫画界内部に止まらず浸透・拡散していった。
まず、九〇年代中期にショタ(美少年趣味)路線のアンソロジーが
ミニブーム化したことは注目に値する。三流劇画時代以前から同性愛
や少年嗜好を描く作品がなかったわけではないが、男性系でサブジャ
ンルとして成立したのはこれが最初であり、「エロ漫画とは男女の性
愛を描くものである」という図式にひび割れが生じた。
無論、自然発生的にショタが流行ったわけではない。三流劇画時代
からの「エロさえあればなんでもいい」というアバウトな業界体質
が、本来的に多形的なエロティシズムの受け皿となり、様々な性とエ
ロスのカタチを描くことが容認され、時にはスパイスとして「変態」
を描くことが称揚されてきたという歴史がある。直接的な影響関係で
いえば九〇年代末期の白夜書房、桜桃書房のビザール系(SM、身体
改造、ハードロリ、女装美少年、巨乳)テーマアンソロジーの成功が前例

になるだろう。
元々は女性向けジャンルのやおい/BLのサブジャンルであった
ショタ路線が、男性向けジャンルに登場することができたもう一つの
理由は、エロ漫画出版を手がける中小零細出版社の多くが、同時に女
性向けやおい/BL漫画誌や同人誌アンソロジーを出版していたから
だ。たとえそうでなくても、下請けの編集プロダクションやフリー編
集者のレベルでは同人誌アンソロジーを軸に「女性向けサイド」とは
交流があり、まったくゼロからの試みではなかった。人材はやおい/
BLと美少女系の両方から集めることができる。おまけに制度的には
美少女系ではないので成年マークを付ける必要もない(1)。女性に

も男性にも売ることができる。「男性向けショタ」とは美少女系から
の見え方であり、やおい/BL系からは版元の営業戦略としての「男
性向け/女性向け」といったセグメントは見えにくかっただろう。
この男性向けショタ・ブームが九〇年を境に増加した女性作家の流
入現象に拍車をかけたことも見逃せない。かくして司書房、桜桃書
房、コアマガジンから次々と次代を担う女性作家たちが登場すること
になる。これは単にショタ・ブームが契機になったというよりは、彼
女たちが主戦場としていた商業誌、同人誌を問わず、また、少女漫画
でも、やおい/BL系でも、性とエロティシズムにかかわる意識と表
現技術が飛躍的に高まったことが大きいだろう。もはや、具体的な性
描写を封じられた少女漫画家がベッドの軋む音ひとつ「ギシ」で総て
を表現した時代ではない(山岸凉子『グリーン・カーネーション』)。受
け入れ側のエロ漫画サイドは元々アバウトであり、ぶっちゃけた話
「エロさえ描ければ男だろうが女だろうが宇宙人だろうが関係ない」
世界だった。女性作家がペンネームに男性名や中性名を使おうが、女
であることを売り物にしようがしまいが、それは各作家の自己プロ
デュースの範疇だった。むしろ「女であること」を前面に出したのは
女性名を使う男性作家の方だったりするから面白い(2)。
女性作家と、彼女たちが携えてきた少女漫画ややおい/BLのミー
ムはエロ漫画界全体に浸透し拡散し、その結果、境界はますます曖昧
化していく。もはやエロ漫画を単純に「男が描いて男が読む男のため
のジャンル」と定義することは困難だろう(図39・40)。

(1)

二〇一〇年以降、BLへの有害/不健全指定は定着し、コンスタント

に指定されるようになってしまった。
(2)

同人誌即売会に身代わりの女性を立てた作家もいる。テレビ番組に

女性パートナーを出演させたまではよかったが、彼女がエロ漫画作家である
ことを「自嘲」したために業界の顰蹙を買った作家もいた。

洗練化の波とハイエンド系
女性作家の大量越境という事態は九〇年代中後半のエロ漫画界に少
なからぬ影響を及ぼした。最新の少女文化ミームが注入され、美少女
系エロ漫画はますます愛らしくデオドラント化され、洗練されてい
く。
同時に、唯登詩樹が率先して導入したCG技法の浸透とインター
ネットの普及、隣接関係にあるゲーム・グラフィック界(1)やアニ
メ界との交流を通じての相互的な影響など、様々な要因がからんでエ
ロ漫画のスタイルが大きく変化していく。
いや正確にいえばオタク系メディアにおけるヴィジュアルの洗練化
という大きな流れの一翼をエロ漫画もまた担っていたというべきだろ
う。同人誌界ではCHOKO、SHあRPに代表されるデザイン志向
の強い一群の作家たちが注目を集め、九四年には、やがてオタク系の
牙城となるメディアワークスが『コミック電撃大王』(図41右)を、エ
ロ漫画と一般誌の中間領域に立つワニマガジン社の漫画部門は、表紙
に村田蓮爾を起用したハイセンスな『COMIC
刊させる。エロ漫画誌『COMIC

快楽天』(図41中)を創

阿呍』(ヒット出版社[図41左])で

は、鮮度の高い若手作家たちがゲームのテイストを採り入れた新鮮な
デザインと言語感覚に溢れた作品を発表する。その流れの中で、当時
コアマガジンの若手編集者だった更科修一郎が先進的な感覚をもった
一群の新進漫画家たちを「ハイエンド系」と呼んだことからいわゆる
「ハイエンド論争」に発展する。これは大塚英志が牽引したかつての
エロ漫画におけるニューウェーヴ運動の反復であると同時に、世代間
闘争の側面を持っていた。残念ながら「ハイエンド系」の持つ意義を
プレゼンしきれないまま「運動」としては不発に終わってしまったわ
けだが、エロ漫画のハイセンス化、ハイクオリティ化、さらには若い
世代の台頭を象徴する事件だった。

(1)

例えば、ゲーム原画家であるみさくらなんこつが『五体ちょお満

足』(桜桃書房・〇一)、『ヒキコモリ健康法』(コアマガジン・〇三)をヒットさ
せたのがその代表だろう。従来の漫画の枠に囚われない圧倒的なゲーム絵と
謎の「みさくら語」の氾濫は衝撃的だった。

新しい表現と回帰する表現
洗練、あるいは変化したのは何も画風やスタイルだけではない。例
えば古典的なコマの流れ、すなわちページ単位で右上から左下へ視点
を誘導するという文法を無視し、見開き全体で一つの瞬間(あるいは
ごく短い時間)を表現するという技法が登場する。コマが割られてい

てもそこには時間の流れはなく、各コマは同時に起きていることの
ディテールだったり、別のアングルからの描写だったりする。ビデオ
(パソコン)ゲームのマルチスクリーン(ウィンドウ)がそのまま紙の

上に移植されたことを想像するとわかりやすいだろう。筆者はこれを
「マルチスクリーン・バロック」と命名してよろこんでいたわけだ
が、もちろん作品全体を通してマルチしているわけではない。ストー
リー展開は古典的なコマ割りで進行し、セックスシーン、それも3P
や乱交シーンが始まった瞬間マルチに切り替わるのだ。師走の翁の
『シャイニング娘。』シリーズなどは見事なマルチっぷりの代表だろ
う(図42)。読者によっては違和感を覚える表現だが、ゲーム世代に
とっては当然の帰結であり、すぐさま対応できるはずだ。

この他、読者が見本誌をサッと眺めて購入するか否かを決定する同
人誌即売会に最適化したアイキャッチ性の高いイラストをシーケン
シャルに並べたような「グラビア・コミック」の流儀がおかもとふじ
おによって商業誌にも持ち込まれたり(図43)、以前からアニパロとい
う形で存在した既存のキャラクターや要素をサンプリングする手法が
一般化したり(アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』ブームの頃にはエロ漫画
にヒロイン綾波レイと同じヘアスタイルのキャラクターが続出した)と注目

すべき表現上の変化は数多い。

しかし、九〇年代後半、もっとも大きな潮流となったのは「ネオ劇
画」に代表される表現の過激化だった(図44)。「過激さ」は曖昧な概
念に過ぎないが、ここでは、ギリギリの性器描写、暴力的な性のカタ
チ、限りなく無修正に近い自主規制、劇画的描写が目立つことを「過
激」と呼ぶことにしよう。このハード路線の先頭を走ったのが第一期
『コミック夢雅』(桜桃書房)と、同編集部がスピンオフして立ち上
げたティーアイネットの『コミックMUJIN』である。多くの編集部も
これに追随した。過激なだけの波ではなかったが、まず露出度と過激
さに注目する、いわば「抜き」目的の顧客に対しては充分な訴求力を
持っていた。
「ネオ劇画」系の伸張は美少女系エロ漫画がロリコン漫画時代から抱
えていた矛盾、即ち「『萌え』と『抜き』の相克」を一層露わにする
ことになる。
「萌え」の時代
では「抜き」に対する「萌え」とはいったい何を意味するのだろう
か?
「萌え」という言葉がオタク界隈で囁かれ始めたのは、九五年前後の
ことだった。奇しくも美少女系エロ漫画市場がピークに達した時期で
ある。
「萌え」は八〇年代初期に最初の用例が見られるものの、九三~九五
年のアニメファンの半ばクローズドなコミュニティ(主にファンBB
S)というあたりに集中しており、ほぼこの時期を開始点と見るのが

妥当だろう。つまり、当時の「萌え」の主体は男性アニメファンであ

り、対象は女性(少女)アニメキャラクターとアニメ声優だった。生
身の人間である声優(1)はともかく、作品内存在であるアニメキャ
ラクターを、実在のアイドルであるかのように愛し、賛美する。これ
は言い換えれば作品内からキャラクターを切り出し、キャラ化し
(2)、パーソナル化し、所有しようという欲望である。これがいわ

ゆる「キャラ萌え」である。
この消費スタイル自体は「萌え」誕生以前から存在した。ちょうど
十年前の八五年にはやおいジャンルで『キャプテン翼』同人誌が大
ブームとなったし、それ以前の七〇年代末~八〇年代初頭はロリコン
漫画ジャンル誕生を含む「美少女の時代」の開幕期である。やおいと
アニパロの勃興はそこからさらに数年遡ることができるだろうが、そ
れらの「温床」となったコミケットの第一回が開催された七五年を大
きな歴史の転換点としてマークしておきたい。なぜなら、それまで主
に送り手側の手の内にあった作品からのキャラクターの分離(キャラ
化)という消費/再生産/商品化システム(3)が、無数の個人消費者

の側に「解放」された年だからだ(図45)。

コミケ誕生から二十年後に登場した「萌え」は、それまでは「カワ
イイ(可愛い)」という全文化的広がりを持つ言語表現をオタク的に
動詞化した言葉として認知され、またたくまに浸透していき、「キャ
ラ萌え」からはコスチューム(メイド服、ゴスロリ、巫女、各種制服)、
ヘアスタイル(ツインテール、アホ毛[図46])、装身具や衣服の一部
(眼鏡、ソックス、リボン)、身体的特徴(スレンダー、巨乳、貧乳、猫
耳、尻尾、エルフ耳)などの外見への萌えが分化する。これらの「萌え

要素」は特定のキャラを示す「換喩」であると同時に、キャラ本体を
必要としないフェティッシュな側面をも持っていた。こうした「キャ
ラ萌え」の分節化は、ヴィジュアル表現のみならず、職業、地位、身
分、性格、境遇、続柄、言葉遣いといった設定にまで踏み込んでい
く。「萌え要素」は複数のキャラの共通項の場合もあれば、特定の
キャラとは無関係なところから引用されることもあり、出自不明のま
ま漂着したミームがいつのまにか登録されていたりする。東浩紀が指
摘するように逆にバラバラの「萌え要素」を集めて、でじこ(4)の
ようなキャラを作ることも可能であり、文字通りのデータベース型消
費(5)といえるだろう。

九〇年代の「萌え」と現在の「オタク的な『好意」『愛情』『愛
着』『執着』を示す流行語」として浸透・拡散した「萌え」とは必ず
しも一致しない。ただ元々「萌え」はオタク的幻想共同体内で「好
意」のニュアンスを伝える言葉であり、曖昧度が高く、百人いれば百
人分の「萌え」のニュアンスがある。筆者の体感からいえば「萌え」
は「ゆるいフェティシズム」であり、「限りなく愛に近い感情」であ
る。しかし、イズミノウユキ(泉信行)が『萌えの入口論(6)』冒頭
で論証したように語義として「萌え」と「好き」がイコールだとして
も厳密には代替不可能だと考えている。
問題は言葉の意味ではない。なぜ、「好き」でも「愛」でもなく
「萌え」が使われるのか? ということを考えなければ「萌え」の核
心には接近できない。「萌え」をストレートな愛情表現として使用す
る者もいれば、逆にまったく興味がない対象に使用する者すらいる。
両者の間にはなだらかなグラデーシヨンが描かれるが、発話者がどこ
に立っているかは自己申告に任され、その真偽を質すことなく了解す
ることがオタク的コミュニティにおける暗黙の了解事項である。互い
の趣味嗜好を尊重し、必要以上に相手の内面に踏み込まないことが最
低限のルールなのだ。これは端的にいってしまえば傷つきたくないと
いう意思表示である。「萌え」は婉曲表現であり、対象を指し示しな
がら、実はそれが実体ではないかもしれないという含みを巧みに持た
せている。「萌え」はカミングアウトではなく、あくまでも対人関係
というゲームを円滑に運ぶためのフラグである。
「好き」や「愛」と同等に「萌え」の根源もまたエロティシズムだ
が、「萌え」においては、欲望に煙幕が張られ、曖昧にされ、韜晦さ

れる。「萌え」の根底には性(性的な欲望やエロティシズムとその表現)
に対する漠然とした忌避とフォビアがあることが見て取れる。
こうした「萌え」のありさまはロリコン漫画ブームの構造と酷似し
ている。ロリコン漫画読者の九九%以上はペドファイルではなく「可
愛いもの」が好きな若者たちだった。ロリコンも「祭」に参加するた
めのフラグだったわけだし、当時の読者たちが、三流劇画を拒否し、
可愛いデザインのロリコン漫画を歓迎したのは、リアルであからさま
な性表現とエロティシズムに対する忌避が大きく働いていたからでも
ある。何しろ、ハードな性描写を入れると読者から「○○ちゃんにヒ
ドイことしないで!」という抗議のハガキが舞い込んだ時代なのだ。
当時は「仮にもエロ漫画に対してそれはねーだろ!?」と吹き出したも
のだが、後に「萌え」と呼ばれることになる「可愛い嗜好」は性交や
性器の描写を必ずしも必要としない。性的な要素は「可愛いミーム」
の中に巧妙に隠されている。逆説的にいえば、隠蔽され、抑圧されて
いるからこそエロチックなのだ。
とはいえ、読者は一枚岩ではない。漫画絵を許容する劇画好きの読
者、絵柄とは無関係にハードな性描写を求める「抜き」系の読者、可
愛ければ「抜き」は二の次という読者、とまあ様々な読者がいたわけ
だ。
美少女系エロ漫画は「萌え」と「抜き」の絶妙な補完関係の上に成
り立ってきたと見ることもできるだろう。それが弾圧を差し挟みつつ
九〇年代半ばまで十数年間続いたということ自体が、奇跡なのかもし
れない。
「萌え」がオタク用語として成立し、流通し、一般化するに従い、バ

ランスが狂い始める。平成大不況がジワジワと財布の紐を固くしてい
く。逆にネットと携帯電話の通信費が膨れあがる。
その上、美少女系エロ漫画以外のジャンルで「萌え」が有力な商品
として展開されていく。中でも九三年春に「電撃」を冠した雑誌五誌
を同時に創刊したメディアワークスの快進撃が大きかったわけだが、
この波が同社以外にも波及する。オタク系文化全体が「萌え」化した
ということもできるだろうし、オタク系文化の本質であった「萌え」
が名前を与えられることによってその正体を現したと見るべきかもし
れない。
端的にいってしまえば、多くのオタク系読者の求めるエロチックな
コンテンツが、「性器」「性行為」といった夾雑物抜きで手に入る状
況になったのである。ならば、萌え系読者が美少女系エロ漫画にこだ
わる必然性は薄れてくる。九〇年代末期の抜き系の台頭は、萌え系読
者の減少分を抜き系読者で補完しようという戦略でもあったろう。実
際、このいわば「エロ漫画の王道は『抜き』」戦略は収益的にも実績
を上げた。「抜き」と一言で括っても実は幅が広い。一方で使い捨て
に徹した実用作品があるかと思えば、激しい性描写で「抜き」を担保
しつつ物語性や内面性を重視する作品も生まれたし、優れた作家も見
いだされている。だが、劇画的な激しさを嫌う萌え系読者はますます
美少女系エロ漫画から足が遠のくことになる。
また九〇年代後半は漫画に対する規制が徐々に本格化していった時
期でもあった。
九五年のオウム事件がオタク世代の犯罪であったこと、九六年、ス
トックホルムで開催された「第一回子どもの商業的性的搾取に反対す

る世界会議」において日本が無根拠に児童ポルノの原産国として指弾
されたこと、九七年の神戸連続児童殺傷事件が漫画の影響と報道され
たことなどを背景に、九八年、与党児童買春問題等プロジェクトチー
ムが絵画表現を含む「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び
児童の保護等に関する法律案」要綱を発表。児童の人権保護を目的と
する高邁な立法理念に実在児童の人権とは無関係な絵画・漫画表現へ
の規制を抱き合わせて法制化しようとする動きに対し、児童人権団
体、出版団体などから批判の声が上がり、九九年の立法化では絵画表
現を除外した形で成立することになる。ひとまずは、漫画表現規制に
歯止めがかけられたわけだが、附則に定められた「施行後三年を目途
の見直し」を睨んでの攻防は二〇〇〇年代へと引き継がれていく。

(1)

語源説の一つに「声優・長崎萌」説がある。声優も生身の人間であ

ると同時に「キャラ」として消費される側面もある。
(2)

伊藤剛の提唱する「キャラクターとキャラの分離」(『テヅカ・イズ・

デッド』NTT出版・〇五)は極めて示唆的である。伊藤は「キャラクター」を

作品内存在とし、「キャラ」を作品から乖離しても自立する存在として、切
り分けて考察する。あくまでも漫画表現論として限定された言説だが、受け
手側の「読み」のスタイルや、商品戦略にも敷衍することができる考え方だ
ろう。
(3)

作品内存在としてのキャラクターをキャラとして商品化するという

ビジネスモデルの歴史は古い。手塚以前にも漫画やアニメから派生したキャ
ラクター商品は無数に存在した。手塚が範としたハリウッドのスター・シス
テムはシャーリー・テンプルをはじめとして「生身の俳優」と「キャラク
ター」と「キャラ」を分節化し、商品化するシステムだということもできる

だろう。また、分離されるべき作品世界を持たない、最初から自立している
「ハローキティ」のようなキャラも存在する(アニメ化はその後だ)。ちなみに
「ハローキティ」は七四年生まれである。
(4)

ショップ「ゲーマーズ」のマスコット・キャラ「デ・ジ・キャラッ

ト」の通称。
(5)

東浩紀「動物化するオタク系文化」(東浩紀・編著『網状言論F改』青土

社・〇三)。

(6)

『萌えの入口論』〇五(http://www1.kcn.ne.jp/~iz-/man/enter01.htm)

【二〇〇〇年以降】
浸透と拡散と退潮と
明けて二〇〇〇年代初頭、表現全体の規制を盛り込んだ「メディア
三法案」(「青少年有害社会環境対策基本法」「個人情報保護法」「人権擁
護法」)が相次いで登場する。いずれも文句のつけにくい大義名分の

下にメディア規制、表現規制を断行しようという、「児童ポルノ法」
同様のきな臭い法案だった。しかも〇二年の「児童ポルノ法」見直し
が目前に迫っていた。この間、漫画家、読者、評論家有志によりメー
リングリスト「連絡網AMI」が設立され、〇一年、横浜で開催され
た「第二回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」で規制反対
をアピールする。「児童ポルノ法」に絵画表現規制を盛り込む形での
「見直し」は回避されたものの、コンビニから成年誌を事実上閉め出
すことになる改正都条例の施行に代表される地方条例レベルでの規制
強化、〇二年の松文館事件(漫画に対する初の刑法一七五条適用)など、

エロ漫画は外堀を埋められ、目立たないゲットーへと押し込まれてい
く(図47)。「抜き」に徹して修正を甘くし、ハードな描写に頼れば刑
法一七五条が立ちふさがる。成年マーク付きでは大手コンビニに置け
ない。しかも「萌え」の中軸はエロ漫画のジャンル外へと移動してい
る。

この厳しい状況が現在も持続しており、出口はまったく見えてこな
い(1)。
不景気風は吹きやむこともなく、休廃刊が相次ぎ、出版社も倒産し
たり、経営権を譲渡したりするところが出てきた。編集者も守りに入
り、九〇年代以上に保守的になり、先例を踏襲し、冒険を避ける傾向
が強い。よしんば編集者と作家が新しいことを試みようにも、営業部
の判断、さらには取次会社の判断という壁が立ちふさがる。
とはいえ出版戦略や表現に関して新しい試みがなされなかったわけ
ではない。
例えば、コアマガジン系に見られる「萌え」と「抜き」の融合は、
「過激なオタク系」として注目すべきだろうし、最先端の画風とハイ
センスな装幀で「萌え」系読者を取り込もうとするロリコン漫画誌
『COMIC LO』(茜新社[図48])の展開も見逃せない。また、世紀末
に一度は絶滅したかに見えたショタ路線が息を吹き返し再ブームとな
り、美少年と年上女性のカップリングによるショタ×オネ、童貞もの
といった受動的な男性キャラの定着など見るべき作品、作家は少なく
ない。ただ、それぞれが大きな潮流を生む核となるほどのものではな
い。ブームを作るというよりは、むしろ、趣味・嗜好を洗練純化させ
ることによってニツチを確実に掌握しようという動きに見える。

かつての「エロさえあればなんでもあり」というエロ漫画の魅力が
薄れてきた。昔ならエロ漫画誌しか発表の場がなかった作品も、浸透
と拡散によって多チャンネル化し、少年誌、青年誌、少女誌、BL
誌、マニア誌、オタク&マニア誌へと選択肢が拡がっている。なにも
狭い意味でのエロ漫画に操を立てる必要はどこにもないのだ。事実、
八〇年代黄金時代を支えた作家たちの多くは、成年マーク市場よりは
高年齢層をセグメントしている青年誌で活躍しているし、ジェンダー
やセクシュアリティをテーマにすることはどのジャンルでもタブーで
はなくなっている。
こうした流れの中で成年マーク付きのエロ漫画がどうなっていくか
は簡単に予想ができるだろう。全体的な規模を徐々に縮小させなが
ら、一方ではハード路線に力を注ぎ、他方では限られた読者だけを対
象とするニッチ化、マニア化が進行するだろう。もちろん、その中か
ら魅力的な作家と作品が登場することは間違いないし、気合いの入っ
た漫画読みの注目を集め続けるだろう。だが、黄金期の鮮度、バブル
期の右肩上がりの成長を取り戻せるかといえば、それはないはずだ。
むしろ、漫画界全体に薄く広くエロティシズム表現が拡がっていくと
見るのが妥当だろう。

(1)

こうした規制に関連する記録、論点、情報は、『マンガ論争勃発

2007─2008』『マンガ論争勃発2』(永山薫・昼間たかし、マイクロマガ
ジン社)、ミニコミ誌『マンガ論争』3~10(n3o 福本義裕事務所)に詳し

い。また漫画表現規制の歴史的論考としては長岡義幸『マンガはなぜ規制さ
れるのか

「有害」をめぐる半世紀の攻防』(平凡社新書・一〇)が必読。

第二部

愛と性のさまざまなカタチ

前説

~細分化する欲望~

お湯を沸かすには熱源と水と容器が必要だ。考えてみれば単純な話
である。ところが、容器のみに限ってみても我々は無数の商品に取り
囲まれている。二リットルのアルミのヤカンがあれば大抵の用は足り
るだろうに、大量に麦茶を作る大ヤカンもあれば、囲炉裏で使いたい
ような南部鉄瓶もある。底に銅のコイルを巻き付けて熱効率をアップ
したヤカンもあれば、注ぎ口に鳥のミニチュアを配したピーピー・ケ
トルもある。ヤカン一つとって見ても、ことほどさように材質も容量
もデザインも様々だ。
これは、ほとんどの商品についてもいえることだろう。原初のカタ
チから分岐し、分節化し、逸脱し、先祖返りし、様々な順列組み合わ
せを試し、多機能化し、逆に機能を絞り込み、気が付けば我々は無数
のバリエーションに取り囲まれている。
まるでそれは欲望と商品の無限に続く輪舞のようだ。
エロ漫画もまた、およそ考えうる限りの欲望に対応する作品=商品
を生み出して来た。これは三流劇画に始まり、当初はロリコン漫画と
呼ばれた美少女系エロ漫画において爆発的に拡大する。
それはまるで我々の欲望が多形的であることを映し出す鏡であるか
のように。
ここでは、エロ漫画が映し出す様々な欲望のカタチを、「ロリコン
漫画」「巨乳漫画」「妹系と近親相姦」「凌辱と調教」「愛をめぐる
物語」「SMと性的マイノリティ」「ジェンダーの混乱」の全七章に

区分けして見ていくことにする(1)。

(1)

ここでの区分けはエロ漫画のサブジャンルそのものではない。そも

そもテーマないしはモチーフによるジャンル分けは無秩序に増殖する欲望の
カタチを商品化する過程で版元/作者/読者が共犯して行う商業的な介入に
他ならない。あくまでも後付けの分類だから、遺漏もあれば齟齬もきたす。
例えば少女で巨乳で妹というキャラクターが出てくるとして、どれに重きを
置くかによって全然違うジャンルの箱に投入してしまうことになる。山本夜
羽音の「ろりづま。」(『ラブ・スペクタクル』宙出版・〇五所収)のヒロインは、
四十歳で新婚の人妻だが小柄&童顔でどう見ても小学生でメガネでスパッツ
着用でコスプレ喫茶のバイトウェイトレスで性格は小悪魔だ(図1)。この
キャラ設定自体が批評的であり、メタ的だが、ここまでくると分類学者だっ
て分類できないぞ。

第一章

ロリコン漫画

まず、最初に、我々がエロ漫画に限らず創作物と向き合う時の視点
が最低二つあることを再確認しておこう。
第一の視点は神の視点であり窃視者の視点である。第三者として作
品を見通し、登場人物が気付かないことまで知っている特権的な視点
である。
第二の視点は自己投影によってシミュレートされた登場人物の視点
である。自己投影は必ずしも固定的ではなく、主人公以外にも振り向
けられるため、第二の視点には複数の視点が含まれる。
重要なのはこの二つの視点が「読み」という行為において同時に進
行するという点である。しかも同一化が登場人物個別に行われるだけ
ではなく、その間を揺れ動き、スイッチングし、濃度の差異を刻々と
変えながら複数の登場人物に対して行われるのである。
こんなことを改めて述べるのは、これから語ろうとするロリコン漫
画というジャンルが常に「何が描かれているか」のみをあげつらわ
れ、「どう読まれているか」という側面を恣意的に無視されてきたか
らである。
ロリコン漫画とは何か?
ロリコン漫画を字義通りにとらえれば「ロリータ・コンプレック
ス」をテーマとした漫画ということになる。ロリータ・コンプレック
スはウラジミール・ナボコフの小説『ロリータ』、さらにキューブ

リックの映画化作品から生まれた言葉だ。大雑把にいえば小悪魔的な
美少女に振り回されたいという男の欲望である。
日本では、「ペドフィリア(小児性愛)そのものではないが、成人
女性よりも未成年の少女に愛と性欲をより強く感じる、(主に)男性
の欲望」という定義が一般的だろう。もちろんロリコン漫画の愛読者
の中にはペドファイル(小児性愛者)も存在するだろうが、その比率
は、全人口に占めるペドファイルの比率と大差はない。いや、それど
ころかペドファイルを、
「少女にしか性欲を感じない性向の人」
と定義した場合、対全人口比よりも対ロリコン漫画読者の比率は下
がるはずだ。なぜなら、漫画に描かれる「ロリータ」は現実に存在し
ない架空のキャラクターであり、記号表現の集合体でしかないから
だ。漫画の少女では現実の少女の代替物にはなりえない。敢えて代替
物として愛好する人々が皆無だとまではいわないが、キャラクターは
現実存在の代理ではなく独立した欲望の対象である。
さて、欲望の対象である少女キャラには大きく分けて二つの要素が
含まれている。一つは少女のイコン(少女を指し示す図像)であり、も
う一つが少女のイデア(「少女」という単語を枠組みとする概念の集合
体)である。ここで重要なのは、読者にとっては最初にイコンありき

ということだ。イデアはイコンを読み解くことによって、あるいは読
者が脳内補完することによって、さらに漫画作品内におけるイコンの
役割を解読することによっておのずから明らかになっていく(1)。
ここではイデアをも含んで初めて「ロリコン漫画」だということに
しよう。さもないと話がややこしくなるからだ。その場合、基準とな

るのはヒロインの年齢設定である。未だに一般社会ではヒロインが十
八歳未満なら自動的にロリコン漫画と認定しかねないので要注意だ
が、漫画読者的には中学生以下、マニア的には小学生以下の少女が
「ロリータ」ということになっている。マニアックな読者ならば「初
潮前」を絶対条件に入れたいだろうし、よりペドフィリアックな読者
ならば「ストライクゾーンは幼稚園児」ということになるだろうが、
ここでは中学生以下ということにしておきたい。
先に述べたように初期のロリコン漫画はある意味「ネタ」だった
(2)。

では、なぜ、幼女の図像が強力な「ネタ」になったのか?

幼女

キャラを、非力な男性でも支配・所有できる「より非力な存在」であ
り、身勝手な男のファンタジーが産んだクリーチャーと見なすことは
一面の真理には違いないが、それだけでは「神の視点」と「成人男性
キャラへの自己投影視点」しか想定しない表層的な見方ともいえるだ
ろう。
我々の視点はそれだけにとどまらない。我々は意識的にも無意識的
にも複数の視点で漫画を読み、我々の脳は「動き」や「ディテール」
を自動的に補完し続ける。さらに我々の視覚は図像の中からフェティ
シズムのインデックスを拾い上げ、体験と知識の詰まった脳内アーカ
イヴから必要な情報を取捨選択し、「時間」と「物語」を補完し、新
たなファンタジーを編み直す。そもそも、キャラクターとは紙の上に
描かれたカタチにすぎず、そこには真の意味での性別はないからだ。
胸や性器の形状によって属性のタグを割り当ててあるだけの話であ
る。だから、意図的な誤読によって、同じ一枚の絵からまったく別の

シチュエーションや物語を創作するのも容易なのである。
「幼女の図像」もまた性的対象であると同時に、意図的あるいは無意
識的な自己投影の器であり、さらに脳内楽園を構築するためのイン
デックスであり、誤読するための仮設定なのである。
「可愛い少女キャラを愛したい/抱き締めたい/犯したい/虐待した
い」という判りやすい所有と対象化の欲望の裏側には、時として「可
愛い少女キャラになりたい/愛されたい/抱き締められたい/犯され
たい/虐待されたい」という同一化の欲望もまた隠されている。こう
したジェンダーに触れる議論に対して拒絶反応を示す人が意外と多い
ようだが、少女キャラへの同一化の欲望は所有欲の延長線上にあるわ
けだし、また実際のトランスセクシャルとは重なる部分もあるが完全
に合同というわけではない。だいたい、我々のジェンダーなるものは
多くの部分が後天的であり、男性だと自認しているアナタも実は「ペ
ニスと精巣を持つ人間は基本的に男装しなければならない」という社
会規範に基づいて強制的に男装させられている「人間」にすぎないの
だ(3)。

(1)

こうした基本構造は解体も可能である。既視のイコンが読者の解読

を裏切らないとは限らない。そういうメタ的な遊びが好きな作家もまた多い
のである。例えば、「女子小学生」が「大人の男」と「街頭」で「セック
ス」をしているところに「警察官」が飛んでくるという展開があるとする。
しかし、「女子小学生」が実は小柄な「男子大学生」のコスプレで、「大人
の男」が彼の大柄な妹の男装で、「街頭」が実はラブホテルの書き割りで、
「警官」も部屋を間違えて闖入したコスプレイヤーなのかもしれない。こん
なオチに出会った読者がどう反応するか?

イデアを重視する読者ならば

「これはロリコン漫画ではない」と拒否するだろう。しかしイコンを重視す
る読者にとっては「小さくて可愛ければオーライ」なのである。とはいえイ
デア重視の読者もまた、最後のオチさえ見なかったことにして、意図的に誤
読して、脳内補完してしまえば平気なのかもしれないが。
(2)

ロリコン写真集ブーム、さらにはアニメ『ルパン三世

カリオスト

ロの城』のクラリスや『未来少年コナン』のラナに代表される美少女キャラ
(いずれも宮崎駿監督だ)人気に、アニメ/SF/漫画ファンダムが相乗りして

祭を始めた。自己申告の世界だから「オレもロリコンでーす」「ぼくもぼく
も」と盛り上がったのだ(このあたりは九〇年代後半から始まる「萌え」ブームとも共
通している)。祭が終わった後もロリコン漫画が持続し得たのは読者の欲望が

多形倒錯的だったからである。ペドフィリアックな欲望は、他の欲望同様に
あらゆる読者のチップセットの中に含まれている。幼児性愛者の場合、本
来、多形倒錯的であるはずの欲望が、一つの対象(ペドファイルの場合は幼児)に
固着してしまうことが悲劇なのである。
(3)

以前、劇画家のダーティ・松本に「女性キャラを描いている時、自

己投影しますか?」と質問したところ、その場では一笑に付されたのだが後
日「実際に描いてて気付いたけど、女を描いている時は女に感情移入してま
すね!」と訂正された。よくいわれる話だが、漫画家は登場人物の表情を描
く時、自然と自分の表情もそうなっている。

初期のロリコン漫画
最初は全部ロリコン漫画だった。
ロリコン漫画を語る上で、まず、二〇〇五年に『失踪日記』(イー
スト・プレス)でカムバックした吾妻ひでおの名を挙げておかなけれ

ばならない。吾妻が画期的だったのは、それまではつげ義春、宮谷一

彦といった劇画作家が得意とした不条理文学的な表現や、三流劇画の
専売状態だったエロティシズムを、児童漫画の丸っこい絵で描いてし
まったことだ。当時はそれだけで強烈な異化効果があり、「児童漫画
のエロパロディ」として誤読することも可能だった。
欲望の細分化はすでにこの時期から進行しており、それこそ一人一
派ともいえそうなほどだった。八〇年代前半の『レモンピープル』と
『漫画ブリッコ』のラインナップをざっと眺めるだけでも、吾妻ひで
お(SF/ミステリー/不条理/アニメ/パロディ/児童漫画)、千之ナイ
フ(ホラー/人形愛/寺山修司/少女漫画)、内山亜紀(SM/フェティシ
ズム/ウェット/ファンタジー/パロディ)、破李拳竜(SF/格闘/特
撮)、村祖俊一(耽美/ファンタジー)、谷口敬(文学/耽美/コメディ
[図2])、森野うさぎ(SF/メカ)、計奈恵(SF/メカ)、あぽ゠

かがみ♪あきら(SF/ロマンス)、五藤加純(コメディ/ラブコメ)、
中森愛(コメディ)、西秋ぐりん(メルヘン)、寄生虫(SF)、早坂
未紀(コメディ/ロマンス)、藤原カムイ(SF/コメディ/ニュー
ウェーヴ)というふうに、SFに偏りつつ、それぞれの作家の属性は

バラバラで、初期のロリコン漫画は「美少女さえ出てくれば何をやっ
てもロリコン」と認証されていたわけだ。エロス以上に「可愛い少女
キャラ」が最優先で、エロスは主に内山、村祖、中島史雄らの三流劇
画経験者が担当していたが、それとても具体的で露骨な性的行為描写
は抑えられており、現在の目で見れば一般青年誌の方がよほどセク
シャルに映るだろう。なにしろ当時はレイプやハードなセックス場面
があると読者から「ひどいことしないで下さい」という抗議が来たほ
どで、読者の側が求めていたのも実はセックスシーン満載のエロ漫画

ではなく、可愛くてエッチな漫画だったわけだ。

そもそも初期のロリコン漫画の中核にあったのは手塚ミームの「か
わいい」と「エロティシズム」であり、「セックス」は「かわいいエ
ロティシズム」に奉仕する構成要素の一つでしかなかったのだ。
セックス志向であれば三流劇画を読めばいい。しかし、三流劇画は
結果的にポスト団塊/ポスト全共闘世代のスタンダードにはなれな
かった。端的にいえば、劇画は漫画じゃなかったからだ。アニメ絵っ
ぽくなかったからだ。可愛くなかったからだ。
後にオタクと呼ばれることになる六〇年代生まれの世代は劇画のエ
ロティシズムに官能するような「大人」にはならなかった。セックス
そのものではない、セックスの周辺にもやもやと甘く切なく愛らしく
漂うなにものかを求めていた。
エロ漫画におけるネオテニー(幼形成熟)と呼んでもいい。手塚漫
画やアニメ絵の、つまり「幼児形態」を保ちつつ、性的刺激をもたら
すこと。倒錯した表現になるが、初期ロリコン漫画の登場こそが、真
の意味で「大人が漫画を読む時代」を確定したともいえるだろう。
罪という名の補助線
ロリコン漫画を見ていく時に、仮に「罪」という補助線を引いて見
るとわかりやすい。そもそもロリコン漫画とは通常のエロ漫画以上に
「いけないこと」をあえて描き/読み、「ロリコン者」を身振ること
から始まっているからだ。
その上でなおかつ初期ロリコン漫画のイデア重視は「罪の意識」を
回避するためだったと見ることもできるだろう。
性表現がどんなに解放されようともロリコン漫画は「罪を巡る物

語」として読むことができる。いや、そうあり続けることがアイデン
ティティというケースさえあるだろう。これはあらゆるポルノ的な表
現形式においてもいえることではなかろうか?

セックスとエロスが

禁忌の側面を持ち続ける以上、「罪」はいつまでもつきまとうのであ
る。
無論、フィクションであるエロ漫画の中で成年男子と十三歳未満の
少女、あるいは幼女の間に恋愛感情が芽生え、現実の法では禁止され
ている性行為(現行法では同意の上でも強姦罪が成立する)に至ったとし
ても、淫乱な少女が男を漁って次々と交わろうと、凶悪なレイパーが
通園バスを襲撃しようとも、虚構は虚構である。重要なのは創作物と
して、あるいは商品として優れているかどうかにすぎない。だが、た
とえフィクションであっても、描く側、読む側の意識として、それを
現実と完璧に切り離せるかといえばそうではない。また、幸か不幸か
我々には法とは別次元の倫理観というものがある。私ですら「こんな
ちっちゃな子にこんなヒドイことしちゃう漫画を他人様にオススメし
ちゃっていいのか、人として?」という脊髄反射を起こしそうになる
ことだってある。
何をヒドイこと、許せないことと感じるかは個人の価値観である。
ただ、ロリコン漫画の特殊性は、処女性の侵犯、性差別、無垢なる者
への侮辱、弱者への虐待など読者の多くが抵抗を感じるであろう要素
が、その他のジャンルと比べても多いという点にかかわってくる。
さらにややこしいことには、世間からの圧力がある。
「ロリコン漫画なんか読んでる(描いている)よ、アブナイんじゃな
いの」

と白眼視され、差別されることへの恐怖がある。頭の痛いことだ
が、同業者でもロリコン漫画を「人間として許せない」と非難する連
中もいる。エロ漫画家同士ですら差別は存在するのだ。まあ、馬鹿は
どこの世界にもいるということだが、それじゃすまないのが対人関係
である。
にもかかわらず、ロリコン漫画は滅びない。九〇年代初頭の大弾圧
後、しばらくは低調だったが、また復活した。「禁忌」と「抵抗」が
あればこそ、それらを侵犯した時のカタルシスもまた大きいわけだ。
言い訳は読者のために
「罪」という補助線を引いて真っ先に浮かび上がるのが一連の言い訳
系の作品群だ。この手の作品は、言い訳にならない言い訳を用意する
ことによって「罪の意識」を回避または緩和しようとする。
「少なくとも僕の側には愛があったんです」
「最後には彼女も気持ち良くなっていたから結果として和姦ですよ」
という強姦犯の月並みな言い訳がここでも援用される。
さすがにここまであからさまな言い訳は説得力が弱いため減ってい
るが、決してなくなりはしないだろう。世の中は、
「くだらん奴隷道徳は捨てたらどうだ?」
とうそぶくことのできる高踏派の精神貴族だけでできているわけで
はない。
読者側に言い訳のニーズがあれば、作者もそれに応える。
相思相愛だから、向こうから誘ったから、合意の上だから、援助交
際だから、相手が淫乱だから、だから、だから、だから……。法的に

は全然オッケーじゃないにしても、「だから」でなんとなく救われた
ような気分になる。学級委員長的な倫理観でいえば、
「そんなの卑怯だと思います」
なのだが、言い訳があれば作者も読者も多少は気が楽になる。
例えば、九〇年代初期のロリコン漫画危機時代に孤軍奮闘した和田
エリカには「さやかちゃんの予約席」(『アリス狩り』所収)という作
品がある。身体の弱いさやかちゃんが大好きなロリコン医師が、転居
する直前に診察に訪れた彼女のお尻に媚薬を注射し、しっかりと性器
を愛撫して、
「今のさやかちゃんを

心の中にとどめておきたいんだ……」

と身勝手な台詞をつぶやきながら、処女を奪い、少しずつ快楽へと
導いていく。これが現実の世界の出来事なら、十三歳未満の少女に薬
物を用いてレイプしているわけだから強姦罪の最高の量刑は免れない
ところだろう。ところが、この医師は驚くべきことに、
「でも

彼女に悪いことしたなァ……」

というレヴェルの罪の意識しかないのだ。
しかもその罪の意識さえ、彼女からの、
「あの時の先生は

すごいエッチだったけど

そこが最近たまらなく

なりました(略)

先生を大好きなさやかより」

という手紙で完璧に救済されてしまうのである(図3)。

エロ漫画の冬の時代という事情を考えても、結果オーライでいいの
か、ホントに?

と思うし、身勝手だし、ご都合主義には違いない。

しかし、それが解っていても、こういうファンタジーを必要としてい
る読者もいるのである。罪の意識が帳消しにならずとも、少女が少し
でも気持ち良くなること、わずかでも愛を感じてくれること、幸せに
なってくれることに救いを見いだしたいのである。
しかし、ここまで男を救済してしまう展開はリアリティを保ちづら
い。
もう少し巧妙になると、男の責任を最初から軽減しておく。
要するに自分だけに責任があるわけではないという言い訳だ。
「法的には問題があるけど、お互い納得の上の共犯関係ですから」
という言い訳だ。それさえ確保できれば、
「相手が抱かれたがってんだから、ヒドイことしなきゃOK」
というワケだ。
かくして、貧しかったり、好奇心が強すぎたり、セックスが大好き
だったり、ブラザー・コンプレックスだったりというワケありの彼女
たちがロリコン漫画界に大量に投入される。
例えば、九〇年代中期に人気を集めたきのした黎作品の場合はどう
か?

短編集『平成にんふらばぁ

弐』(図4)を見てみよう。登場す

る少女は成人男性に抱かれるべき必然性を背負わされている。

男の側からの、あからさまな強制はない。せいぜいちょっとした誘
惑や金銭授受だ。面白いことに、男の側の内面はほとんど描かれな
い。男は常に据え膳を喰う立場である。小心な癖にチャンスがあれば
少女を喰う。一応「愛情」はあるようだが、ほとんどの場合は「欲
望」が優先する。ステロタイプな「普通に」ズルイ男たち。そうでな
ければ読者が落ち着かない。だってこの場合の男キャラは読者のペニ
スの延長だからだ。ペニスだから都合良く少女と「恋愛/性交」す
る。そう、ペニスに罪はない。抱かれたがっているのは常に少女の方
なのだ。
虚構は虚構
一方的な被害者としての少女キャラと対照的なのが、男性読者には
了解不能なミステリアスな少女像だ。過去の類型に準じていえば「運
命の女」、あるいは「小悪魔」である。彼女たちは無垢でコケティッ
シュで邪悪な魅力を振りまき、男を惹きつけ、破滅させる。ナボコフ
の描く『ロリータ』にもっとも近いのが彼女たちである。多くの作家
たちがこの類型を描いている。
これもまた作者と読者の罪の意識を軽減するための責任転嫁装置だ
と見ることもできるだろうが、それだけにとどまるわけではない。
わんやん あ

ぐ

だ

例えば完顔阿骨打の描く『ROUND SHELL~ランドセル~』に登場
する少女たちを見てみよう。彼女たちは底知れないところがあり、な
りは小さいが男たちを堕落させることにかけてはいっぱしの悪女だ。
同書に収録された「まゆとちさと」のヒロイン・まゆはエレベーター
内で(スリルを味わうために)オナニーに耽っている。そこに主人公で

ある半ズボン少年・ちさとが入ってくるのだが、まゆは慌てず騒が
ず、オナニーを続行し、「見たいの?

見てもいいよ」とちさとを誘

惑し、見られていることに興奮して、失禁しながら絶頂に達するのだ
(図5)。はじめて読んだ人はビックリするだろうが、ここまでは導入

部にすぎない。まゆはちさとの半ズボンから勃起したペニスを引っ張
り出して、フェラチオし、最後は騎乗位で合体してしまうのだ。さら
に続編ではアンモラルな小学生である二人のプレイはエスカレート
し、ちさとに女装させて電車内痴漢プレイ、車内セックスにまで至る
のである。

注目すべきは、まゆの性器が幼女の形であるのに対し、女の子みた
いな美少年ちさとのペニスが成熟した大人なみの形とサイズに描かれ
ている点である(図6)。これは、いかようにも解釈可能だろう。ヴィ
ジュアル的な効果を狙っているともいえるし、「子供同士のセック
ス」に対する忌避が働いているのかもしれないし、大人である男性読
者のアイデンティティをペニスに集約していると見ることもできよ
う。いずれにせよ未熟で愛らしい身体と

しいペニスの組み合わせは

イマジネイティヴであり、現実の代替品ではないことを明示する。読
者はちさとという仮想の身体に自己投影することによってはじめて、
仮想の幼女であるまゆとプレイすることができるのである。
まゆは男の都合でどうとでもなる幼女という性的役割を背負ってい
ない。能動的であり、男性読者の中の受動願望と破滅願望を強烈に刺
激する。この場合はまゆに自己投影するというある意味マニアックで
高度な読み方は不要だ。男性読者はちさとに憑依したまま破滅的で麻
薬的な性愛ファンタジーに身を委ねることができる。
罪の悦び
ロリコン漫画に登場する「都合のいい幼女」「運命を狂わせる小悪
魔」などは、作家と読者の脳内ワンダーランドに住むアニマの無数に
ある類型の一つである。要するにカタチこそ違え、男性側の願望の投
影図なのだ。
では、少女を物のように扱い、少女の意思とは無関係に「犯す」と
いう凌辱路線、鬼畜路線はどうか?

デンジャラスなハードロリや鬼

畜ロリはタブー侵犯にこそ力点が置かれている。罪の意識があればあ

るほど罪を(仮想的に)犯す悦びは大きくなる。そこではほとんどの
場合、男は絶対悪であり、少女は虐待され、蹂躙される哀れな犠牲者
である。
きのした黎が男と少女の間に設定する都合のいい双方向性もここに
はない。男と少女の間は完全に切断されており、少女にとって男は外
まがまが

部から侵入する禍々しい暴力が具現化したものにすぎない。慈悲も嘆
願も通じない怪物である。少女たちは非現実的なほど、おとなしく、
弱々しく、従順で、哀れだ。
男性の中に潜むミソジニー(女性嫌悪/憎悪=ウーマンヘイト)のス
トレートな現れと読むこともできるだろうが、ただそれだけかという
と、そうではない。
これはロリ系に限ったことではないのだが、面白いことにレイプを
モチーフとした作品で、男がレイプの気持ちよさを謳歌することはほ
とんどない。あってもそれはステロタイプな形式にすぎない(1)。
あくまでも主役はレイパーではなく被害者である。壊すことによっ
てフラジャリティを確認/愛好する。この傾向は必ずしもセックスに
収斂しない。壊れ物としての少女を珍重し、それを破壊するサディズ
ム、あるいは少女キャラに憑依して、不条理な虐待を受け止めるマゾ
ヒスティックな快楽。サディズムとマゾヒズムはコインの両面であ
り、イジメるボクとイジメられるボクは同時に存在し、可哀想な少女
は、愛情の対象であると同時に「可哀想な愛されるべきボク」なので
ある。
番外地貢やシン・ツグルなどの初期ロリコン漫画家から現在に至る
まで「可哀想な少女」のモチーフは一貫してそのポジションを保持し

続けており、そこにはレイプすらも哀れさを強調する迫害の一つとし
て機能する。
この一方的な凌辱パターンを極端にまでエスカレートさせ、圧倒的
にマッチョでフィジカルなイメージを叩き付けるのが風船クラブであ
り、不条理性とニヒリズムがなんともバッドテイストなのが「学校占
領」(『蹂躙』桜桃書房・九八)時代のもりしげであり、クールに少女
の身体と心を壊すのがゴージャス宝田の『おりこうぱんつ』だ(図
7)。

もりしげは少女を凌辱したいだけとしか思えないニヒリスト軍団が
文字通り学校を占領するテラーを描き、池田小事件(〇一)やチェ
チェン独立勢力による学校占拠事件(〇四)を予言するという超危険
な領域にまで踏み込んでいるし、ゴージャス宝田は怜悧な悪徳教師が
教え子を淡々と支配し凌辱する様をなんの罪悪感もなく描くことに
よって、教育という行為の持つ権力性や非人道性まで考えさせてしま
うような異様な演劇的世界を構築して見せた。「悪」に徹すること
が、より深い意味を浮き彫りにするということもあるというわけだ。
面白いことに、鬼畜に走れば走るほど、「いかにヒドイことを思い
付くか」「どこまでムチャができるか」という「非人間度コンテス
ト」へと逸脱し、暴力衝動と破壊願望と残酷描写が主役となり、被害
者が幼女であるのは、残酷度を高めるための道具立てにすぎなくなっ
いき

てしまう。鬼畜路線については別項で改めて論じることにするが、閾
ち

値を超えた瞬間、別の位相に遷移してしまうのはよくある話である。

(1)

あらゆる「男×女」を描く男性向けポルノについていえることだが、

男性の快楽が描かれることはあまりない。上気し、喘ぎ、あられもない表情
で悦びを表現するのは女性の領分である。これには「男性向けエロ漫画(ある
いはアダルトビデオ)は男性が享受するものであり、男性は男性キャラクターに

自己投影する。実際のセックスでもセックスしている『自分』の姿は見えな
い。そのため男性像が具体的に描かれれば描かれるほど、かえって男性読